今でも、あの夜に風が流れ込んできた瞬間を思い出すと、胸の奥で笑いと寒気が同時にざわつく。
カーテンが勝手に開く、というだけなら単なる物理現象で済ませられただろう。だが、開いた窓の向こうに立っていたものが、私が二ヶ月前に葬式で泣いた旧友だったのだから、もう笑うしかなかった。
白い庭の照明の下で、奴は真っ黒な影となって、よりによって中指を立ててくるくる踊っていた。葬式で棺の前に立っていた時の無表情な顔と、目の前のふざけた動きがどうしても重ならず、滑稽さと不気味さが混じり合って喉がひくついた。私は思わず「不謹慎だからやめろ」と声を張り上げた。すると奴はぴたりと止まり、深々とお辞儀をしてみせたのだ。
そこで終われば「夢だった」で済ませられた。だが頭を上げた瞬間、ガラリと窓が音を立てて開いた。冷たい夜風が吹き込む中、奴は真顔で「晩酌しよう」と呟いた。
仕方なく缶を四つ用意し、ソファに腰を沈めたのは覚えている。アルミの音がカチリと響き、口に苦味が広がった。そのあと何を話したのかは曖昧だ。気づけば私はソファで眠っており、窓は開け放たれたまま、喉は乾き、身体は冷えきっていた。翌朝、会社へ電話一本。風邪を言い訳に休みを取らねばならなかった。
だが、最悪なのはそこからだった。
庭に出ると、アルミ缶がきれいに積み上げられていたのだ。三本、五本、七本……塔のように重なっている。まるで何かの供物のように。恐る恐る手に取ると、中身がまだ六割ほど残っていた。すべてだ。まるで奴が飲みかけのまま、私に押し付けてきたように。しかも計算すれば、私の飲んだ量の一・五倍ほどを平然と消費していたことになる。
「死んでまで酒癖直らないのか」そう呟きながら、一缶ずつ片づける羽目になった。風邪で汗をかき、頭がぼんやりしているのに、無理やり喉へ流し込んだ。空き缶の金属臭と、残った酒の甘苦さが胃の底に重く沈むたび、奴の笑い声が背中にまとわりつくように響いた。
片付け終えた時、ふと庭の隅に目をやると、土の上に深い跡が残っていた。裸足で踊ったような円の跡。まるで「また来るぞ」とでも書き残すかのように。
私はそれきり夜に窓を開けなくなった。だが一週間が過ぎた今も、缶を開ける時のプルタブの音が、背後から奴の声に変わる気がしてならない。
あの夜以降、酒を飲むと必ずどこかで風が吹く。いや、それは風ではなく奴の息かもしれない。冷たさの奥に、笑いを堪えているような温もりが混ざっているからだ。
結局のところ、奴は死んでもひょうきん者で、死んでもアル中だったということだ。
そして、残り六割の酒を平然と人に押し付けていくずるさも、あの世には持って行けなかったらしい。
私はいまも缶を開けるたびに思う。
「また庭に塔が立つんじゃないか」
その想像に身震いしながらも、なぜか笑ってしまうのだ。
[出典:622 :本当にあった怖い名無し 警備員[Lv.7][芽]:2024/12/19(木) 01:05:31.27ID:gvmLtlVt0]