中学の夏休みの記憶が、どういうわけか今でも抜け落ちない。
あの年の暑さや、扇風機の首振りの間合い、畳が昼の熱を含んでじっとりしていた感触まで、細部がやけに正確に残っている。忘れていいはずの場面ほど、時間が経つほどに輪郭を持ち始めるのが不気味だった。
昼過ぎになると、決まって居間で横になり、扇風機の風を腹に当てて過ごしていた。テレビはつけていても内容は頭に入らず、音だけが部屋に溜まっていく。喉が渇き、麦茶を取りに立ち上がったとき、廊下の途中で足が止まった。
祖父の部屋の引き戸が、指一本分ほど開いていた。
昼間は閉め切っているはずだった。誰かが通った気配もない。それでも、その隙間から部屋の中が見えた。畳の上に、祖父が横になっていた。
古いブラウン管テレビを見上げる姿勢。頭の下には、白い発泡スチロール。ゲーム機を買ったときの梱包材で、祖父はあれを枕代わりにしていた。高さが合うらしく、昔から気に入っていた。
見慣れた光景すぎて、違和感はなかった。
「じーちゃん、何してんの」
声をかけると、祖父は顔をこちらに向けないまま答えた。
「ワシはもうすぐ、いかんといかんのでな」
声に抑揚がなかった。冗談でも独り言でもない、説明する気のない言い方だった。だが、その意味を考える前に、私は「ふーん」と返し、台所へ向かった。冷蔵庫から麦茶を注ぎ、コップの縁で氷が鳴る音を聞きながら、一気に飲み干した。
戻る途中、もう一度、祖父の部屋を覗いた。
誰もいなかった。
さっきまで人の体温があったはずの畳には、凹みすら残っていない。扇風機の風でカーテンが揺れ、部屋の隅に祖父の帽子が置かれているだけだった。
その瞬間、遅れて記憶が追いついた。
祖父は入院中だった。あの時期、家にいるはずがなかった。
胸の奥がざらついたが、私はその感覚を無理に押し込めた。昼寝の延長だ。ぼんやりしていた。そう思うことで、その場をやり過ごした。部屋の戸を閉め、その日のことは誰にも話さなかった。
一週間後、祖父は病院で亡くなった。
通夜や葬式のあいだ、あの夏の日の光景が何度も浮かんだが、口に出すことはなかった。あれを言葉にした瞬間、現実の方が歪む気がした。
それから数年後、今度は母が亡くなった。
交通事故だった。知らせを受け、単身赴任中の父に電話をかけた。受話器越しの父の声は、すでに何かを受け取った後のように落ち着いていた。
通夜の席で、父はぽつりと話した。
事故の知らせが来る少し前、うたた寝をしていて夢を見たという。暗い場所に母が立っていて、こちらを見ずに言った。
「私、もうだめみたい」
それだけ言って、姿が見えなくなったらしい。
父はその話を淡々と語った。感傷はなく、解釈もなかった。ただ、そういうことがあった、という事実だけを置くように話した。その態度が、かえって落ち着かなかった。
それ以降、家の中で祖父の話題が出ることはほとんどなくなった。祖父の部屋は物置になり、あのテレビも押し入れの奥に追いやられた。発泡スチロールの枕も、いつの間にか見えなくなっていた。
さらに十年ほど経ったある夜、私は実家に泊まっていた。
午前二時を過ぎ、眠れずに布団の中で目を開けていると、廊下の奥から、かすかなテレビの音がした。ザーッというノイズに、誰かの声が混じったような、すぐに消える音だった。
家族は全員寝ている。気のせいだと思いながらも、体が勝手に動いた。
音は、祖父の部屋の方から聞こえていた。
戸を少し開けると、暗い部屋の奥に、使われなくなったテレビが置かれていた。電源は入っていない。それでも、一瞬だけ画面がちらついた気がした。
床の隅に、白いものが見えた。
あの発泡スチロールだった。形も欠け具合も、昔のままだった。
手を伸ばした瞬間、部屋の空気がひやりと変わった。耳元で、あの声がした。
「もうすぐ、いかんといかんのでな」
振り返ったが、誰もいなかった。
それから、夢を見るようになった。
祖父と母が並んで立っている夢だ。二人ともこちらを見ず、暗い方を向いている。呼びかけても、返事はない。ただ、立っているだけだ。
目が覚めると、時計は決まって午前二時過ぎだった。
最近になって、気づいたことがある。
夢の中で、二人が立っている位置が、少しずつこちらに近づいている。
いつからか、祖父の部屋の前を通ると、戸がほんの少しだけ開いていることが増えた。閉めたはずなのに、隙間ができている。
誰が開けたのかは、考えないようにしている。
ただ、あの言葉だけが残っている。
「いかんといかん」
どこへ行くのかは、誰も言わない。
言われているのが誰なのかも。
[出典:195 :本当にあった怖い名無し:2007/10/09(火) 13:28:57 ID:SaNQfI5K0]