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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

八つ坂トンネル nc+

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『自殺者を引き寄せる』と噂されるトンネルがある。

八つ坂トンネル。県境の山奥、いくつもの坂を越えた先に掘られた旧道のトンネルで、今は新道が通り、ほとんど使われていない。

崖があるわけでも、首を吊るのに都合のいい木があるわけでもない。
それでも、この周辺では昔から死者が出続けている。
車の中で練炭を焚いた者。入口付近で血を流して倒れていた者。夜中、ほとんど車の通らない道に飛び出して轢かれた者。

共通点が一つある。
地元の人間ではない。
この土地に縁もゆかりもない、遠くから来た者ばかりだという。

だから地元の人間は近づかない。
死んだ者が留まり、次を呼ぶのだと囁かれている。

というわけで、見に行くことにした。

夕方。雨が降ったり止んだりの不安定な天気だった。冷え込んでいたので、防寒のため半ヘルの下に目だし帽を被り、厚着をしてアパートを出た。愛車のカブで三時間、隣県へ向かう。

旧道に入ると人家は消え、道は急に細くなった。夜。すれ違った車は一台だけで、妙に運転が荒かった。

やがて、ぽっかりと闇に口を開けたトンネルが現れた。

急ブレーキで停車した。

トンネル入口の脇、草むらに人が倒れている。

見間違いではない。人だ。
横向きで、背中をこちらに向けている。長い髪。女だろうか。

事故か、自殺か。
心臓の音が耳を打つ。体がふらついたまま、カブに跨った状態で地に足がついていない感覚。

スタンドを立て、エンジンを掛けたまま駆け寄った。

血は出ていない。外傷も見当たらない。
胸が、浅く上下している。

生きている。

しゃがみ込み、肩に触れる。

「おい」
「……」
「大丈夫か」

反応は遅かったが、やがて微かに声が返った。
目がうっすらと開き、時間をかけて上半身を起こす。

彼女は、こちらを見なかった。

「どこか痛むところは?」

問いかけても、俯いたまま身体を丸める。息が荒い。

「落ち着いて」
「……だ、大丈夫です」

とてもそうは見えないが、ひとまず過呼吸は収まりつつあった。

「救急車を呼ぶ」
首を横に振る。

「誰か、呼べる人は」
「バッグを……」

友達の車に置いてきたらしい。車は見当たらない。

携帯を取り出すが圏外だった。

「少し下りて呼んでくる」

立ち上がろうとした瞬間、白い手が上着の裾を掴んだ。
彼女は何も言わず、首を横に振っている。

「一人は嫌か」

ヘルメットは一つ。二人乗りは無理だ。

そのとき、か細い声がした。

「トンネルの向こう……たぶん、使えます」

なぜ知っているのか。
考えないことにした。

「分かった」

裾は離されない。

「私も、行きます」

彼女は目を閉じたまま、よろよろと立ち上がった。

「見えないのか」

激しく首を振る。

「見えます……でも……」

それ以上は言わなかった。

手を引き、トンネルへ入る。

冷えた空気が肌を撫でる。
白い灯りが、足元の壁に交互に並んでいる。六百メートル。

会話はない。

歩くにつれ、彼女の動きは遅くなり、重くなる。
裾を引かれ、前へ進むというより、出口に引きずられている感覚だった。

妖怪の話が頭をよぎる。
抱けば重くなるもの。裾を引くもの。

振り返る衝動を抑えた。

背後で、鼻をすする音。

立ち止まり、振り返る。

彼女はそこにいた。
消えてはいない。

「……すみません」

泣きながら、彼女は言った。

「昔から、変なものが見えて……ここでも……」

今日は来たくなかったこと。
友達と来たこと。
悲鳴を上げて、気を失ったこと。

「あなたも……最初は、そうだと思ってました」

幽霊だと。

こちらも同じだったとは言えなかった。

目を閉じている理由を、ようやく理解した。

「目を開けた方がいい」

自分でも驚くほど冷静な声だった。

「今、見なくていいものは見えない。少なくとも、目の前にいるのは生きてる」

彼女の手が、裾から離れた。

ゆっくりと目を開け――

次の瞬間、力が抜けた。

身体を支えながら、周囲を見る。
何もいない。

そこで気づいた。

半ヘルと、目だし帽。

脱いでいなかった。

彼女を背負い、出口へ向かう。
妙に軽い。

出口で上着を敷き、彼女を寝かせる。
携帯は、微かに電波を掴んだ。

彼女はすぐに目を覚ました。

こちらを見て、悲鳴は上げなかった。

迎えを呼ぶと言い、携帯を返してきた。
通話の声は方言が強く、内容は分からない。

迎えの軽トラックが来た。

母親らしい女は、こちらを一瞥し、何も言わなかった。

去り際、彼女は振り返らなかった。

一人残され、トンネルを見る。

再び、足を踏み入れる。

出口側には、車が停まっていた。
若者たちがライトを持ち、こちらを見て囁いている。

目だし帽を被り、エンジンを吹かし、そのまま通り抜けた。

帰宅後、携帯に一件のメッセージが入っていた。

―――
番号を見てしまいました。
よろしければ、改めてお礼を。
八坂真理
―――

電源を切る。

どこで、彼女は番号を見たのか。
考える前に、眠りに落ちた。

翌朝、目だし帽が枕元に置かれていた。

昨日、脱いだ記憶はない。

[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/07/01]

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