⇒八つ坂トンネルの続き
八つ坂トンネルという心霊スポットがある。
地元では有名で、夜に近づくと戻れなくなるとか、人数が合わなくなるとか、そういう類の噂がいくつもある。
そこへ行った数日後、昼前に携帯が震えた。
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今日の昼、学食で会えませんか。
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送り主は八坂真理という女性だった。
真夜中のトンネルで倒れていたところを見つけた相手だ。携帯をなくした彼女に自分のものを貸し、そのまま番号を知られ、何度かやり取りをするうち同じ大学だと分かった。
単騎で心霊スポットを回るのは小学生の頃からの習慣だが、そこで知り合った相手と関係を続けるのは本来なら避けたい。だが彼女はどうしても礼がしたいと言うし、自分にはない「見える」という体質を持っているらしい。興味が勝った。
昼の学食は騒がしく、奥の窓際はすでに二人分の席が埋まっていた。近くで待っていると、ほどなく声をかけられた。
「田場さん……ですよね」
不安そうな声。トンネルで聞いた声だった。
ただ、記憶と容姿が一致しない。夜の草むらで、花が頭に絡まっていた印象しか残っていなかった。
「八坂さん?」
「はい……」
彼女は深く頭を下げた。
その横で、もう一人の女がこちらを観察するように見ている。
「私も一緒にいいですか」
飯野由美と名乗った彼女は、断定的な口調で隣に座った。八坂は落ち着かない様子で視線を泳がせている。
目的はすぐに崩れた。
飯野は真夜中のトンネルに一人で行く理由を問い、幽霊を見たことがないと答えると眉をひそめ、子供の頃から続けていると言うと、露骨に警戒の色を濃くした。
「正直に言いますけど、私はあなたを信用してません」
八坂が止めようとするが、飯野は構わず続ける。
「この子、昔から変な人に絡まれやすくて。トンネルで倒れてたのも、周りは逃げたのに、知らない男の人が『偶然』助けた。で、今日その人と会うって言う。普通、怖くないですか」
正論だと思った。
だから否定もしなかった。
「変だと思うよ」
飯野は一瞬言葉に詰まり、それから不快そうに息を吐いた。
その時、背後から声がした。
「あ、先輩」
後輩の銀橋だった。丼を持ったまま勝手に席に座り、空気を読まない調子で場を乱す。飯野は明らかに苛立ち、だがそれ以上踏み込めずに黙った。
やがて、飯野は疲れたように肩を落とした。
「私、面倒くさい友達だって自覚してます。でも、見捨てられないんです」
八坂は俯いたまま、小さく声を出した。
「……田場さん、トンネルで、私、気を失ったんです」
初耳だったのだろう。飯野が目を見開く。
「目の前で倒れて……でも、田場さん、普通だったから」
普通だった覚えはない。慌てて声をかけ、息を確かめ、誰かを呼びに走った。
飯野はしばらく黙り込み、それから急に笑った。
「そっか。あんた、やっぱり懲りない」
立ち上がり、こちらに頭を下げる。
「ごめんなさい。私がいると話せないでしょうから。あとは二人で」
そう言って去っていった。
残された二人の間に、奇妙な静けさが落ちた。
八坂は小さな包みを差し出した。
「お菓子です。家が菓子屋なので……」
礼を言い、受け取る。
菓子作りの話を少しした。彼女は昔から飯野と一緒に作っていたと言い、懐かしそうに笑った。
「由美は、いつも変なことするんです。でも……」
言葉が途切れる。
「……あの子、悪い子じゃないんです」
「知ってる」
そう答えると、彼女は初めて正面からこちらを見た。
別れ際、連絡先を交換した。
学食を出ると、銀橋がベンチに座っていた。
「いい感じでしたね」
「見てたのか」
「見えただけです」
しばらく雑談していると、銀橋がぽつりと言った。
「先輩、あの二人、ちょっと重いですよね」
「何が」
「依存ってやつです。お互いに」
冗談めかして「生き霊」と言うので、軽く頭を叩いた。
だが、言葉は残った。
生き霊とは、生きている人間の想念が、肉体を離れて他者にまとわりつく現象だ。
帰宅後、もらったクッキーを一つ食べた。
甘い。確かに美味い。
その夜、風呂場で歯を磨いていると、鏡の奥に違和感があった。
背後ではない。
自分の肩でもない。
鏡の中の自分の背後に、誰かが立っている。
女二人分の輪郭が、重なって見えた。
瞬きをすると消えた。
翌日、八坂からメッセージが届いた。
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昨日はありがとうございました。
由美、今日は体調が悪いみたいです。
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その文面の末尾に、見慣れない一文があった。
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最近、夜になると、誰かが部屋にいる気がします。
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返信はしなかった。
代わりに、次に八つ坂トンネルへ行く予定をカレンダーに入れた。
今度は、二人分の気配を確かめるために。
[出典:怖い話&不思議な話の投稿掲示板/投稿者「かれき ◆UtLfeSKo」 2018/07/04]