日没後、電池の消耗が気になって、懐中電灯を点けっぱなしにする気にはなれなかった。
宿営地までは、まだ二時間は歩く距離だ。
何となく思い出した話を真似て、夜光性の苔をむしり、前を歩く仲間のザックの網状ポケットに押し込んだ。低い山の森林では珍しくない苔だが、夜に歩かなければ光っていること自体に気づくことはない。わずかな光を頼りに歩ければいい、という程度の思いつきだった。
昔、南の島に出征した兵隊が、密林で同じことをしたという話を聞いた覚えがあった。それだけの理由だ。
妙に愉快な気分になり、数分後には全員が同じことをしていた。
目の前で揺れる紫の光に合わせて歩調が揃っていく。気づいたときには、皆の足運びが同じ間隔になっていた。行列の最後から二番目という、気楽な位置にいた俺は、子供じみた楽しさを感じていた。
歩くリズムに身体が馴染むと、距離や時間の感覚が薄れ、ただ動き続けること自体が心地よくなる。そんな感覚に浸っていたとき、背後にいたはずの仲間の気配が消えた。
声をかけ、パーティーを止め、周囲を見回し、耳を澄ませた。風と木の擦れる音しかない。少し戻ろうということになり、今度は俺が先頭に立って引き返した。
数分歩いたところで、前方から誰かが来る気配がした。立ち止まり、待つ。
現れたのは、はぐれた仲間だった。
闇で顔が判別できたのは、ほんの直前だった。彼は俺たちに気づく様子もなく、そのまま素通りしようとした。歩くリズムに完全に身体を預け、足が欲するまま前へ進んでいる。
誰かが声をかけると、彼はようやく立ち止まった。状況を飲み込めていない目で、俺たちを見回す。
彼は言った。ずっと、俺のザックに挟まった夜光性の苔を見ながら歩いていたと。
俺のザックを確認したが、苔はなかった。
彼は、声をかけられる直前まで、確かに俺の前を紫の光が揺れていたと言い張った。だが、そのとき彼の前に俺はいなかった。
立ち止まった彼の足元に、紫に光る苔が落ちていた。
生えているのではない。
落ちていた。
彼は、それに導かれて歩いていたらしい。
翌日、山を歩いていると、靴紐に苔が挟まっているのに気づいた。気味が悪くなり、笹薮に捨てた。
下山して帰宅し、荷物をほどいていると、たたんでいたウェストベルトの折り返しに、笹の葉と一緒に苔が挟まっていた。窓を開け、そのまま庭に放り出した。
しばらくして、庭の隅に紫に光る苔を見つけた。
平野で自生する種類ではない。
捨てた場所とも違う。
それでも、紫に光る苔が、庭にあった。
もう十年以上になる。
今でも、苔はそこで光り続けている。
さすがに、笹は生えてこなかった。
[出典:104 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :2005/04/23(土) 00:54:15 ID:rKaiqQYF0]