村に入ったのは、誕生日の習わしを記録するためだった。
民俗学の調査という名目だったが、正直に言えば、私はこの村の風習を「倫理的でよく整った儀礼」だと思っていた。未来の子孫のために席を空け、誓いを残し、守れなかったことも含めて記録する。美しい話だ。人が自分の行動を未来に接続しようとする、その構造自体に興味があった。
最初に参加したのは、村外れの一軒の誕生日だった。居間の中央に卓があり、人数より一つ多い椅子が置かれている。空席には皿と箸が揃えられ、温かい煮物が盛られていた。誰もそこを見ない。視線は自然に避けられているのに、部屋の重心がその席に引き寄せられているのが分かった。
主役の男は、祝いの言葉の前に立ち上がり、空席に向かって頭を下げた。「私は今日、これを約束します」と言い、今年は「境界の畑を荒らさない」と宣言した。理由は語られない。家族の一人が帳面を開き、黙ってそれを書き留めた。
帳面は想像以上に分厚かった。代々の誕生日の誓いが、細い文字で埋め尽くされている。守れた、守れなかった、理由あり。理由の欄だけが異様に具体的で、しかもどれも短い。「仕方がなかった」「忘れていた」「先に向こうが踏み越えた」。その言葉が、誰に向けた弁解なのか分からなかった。
食事が終わると、空席の料理は手をつけられないまま下げられ、翌朝、庭に埋められるという。私は翌日も滞在し、その様子を見せてもらった。土を掘るのは主役本人だ。料理はまだ形を保っているのに、匂いが変わっている。人の食事だったはずのものが、急に別の用途に切り替えられたような匂いだった。
数日後、別の家でも同じ誕生日に立ち会った。誓いの内容は違うが、形式は同じだ。ただ、その家の帳面には、ある年から空白が増えていた。誓いは書かれているのに、達成の記録がない。理由欄も空白だ。
「書き忘れですか」と聞くと、家人は首を振った。「答えなかっただけです」。誰が、と聞く前に話は終わった。
滞在中、私は村の古い帳面をいくつも見せてもらった。共通しているのは、ある時期から、誓いが徐々に抽象化していくことだった。最初は畑や家畜、怒りや嘘といった具体的な行為だったものが、「守る」「減らす」「考える」といった言葉に変わっていく。守れたかどうかを問われても、答えようがない誓いだ。
村人は言う。「具体的でなければならない」と。だが、帳面は嘘をつかない。具体性は、確実に失われていた。
誕生日の前日、家族が集まって前年の誓いを確認する場にも立ち会った。本人は黙ったまま、帳面を見ている。守れたかどうかを問われても、すぐには答えない。その沈黙が長引くほど、空席の存在が濃くなる。誰も責めていないのに、答えを先延ばしにすること自体が、何かを増幅させているようだった。
私は気づいた。この習わしには、達成の評価基準がない。守れたかどうかは本人が決める。だが、その判断は帳面に残る。残る以上、未来の誰かが必ず読む。
未来の誰か。まだ生まれていない者。あるいは、生まれなかった者。
帳面の最後の頁に、奇妙な追記がある家があった。誓いではない。日付もない。ただ一文だけ、「今年は席が足りなかった」と書かれている。誰の誕生日でもない年だという。
その家には、今も空席が置かれている。誕生日でなくても、誰かが集まると必ず一つ余る。皿も箸も用意される。料理も盛られる。ただ、埋められなくなったと聞いた。土に返すと、翌年、帳面の記録が増えてしまうからだという。
何が増えるのか、誰も言わない。
私は最後に、自分の誕生日をここで祝うことを勧められた。断る理由はなかった。席は一つ多く用意された。私は空席に向かって頭を下げ、「私は今日、これを約束します」と言った。内容は覚えていない。帳面に何が書かれたのかも見ていない。
帰り際、帳面を管理していた老人に聞いた。「この席には、結局誰が座るんですか」。
老人は少し考え、「まだ関わっていない者だ」と答えた。
私が村を出てから一年後、調査記録をまとめようとして、誓いの内容を思い出そうとした。どうしても思い出せない。ただ、自分の誕生日が近づくたび、どこかで席が足りなくなる気配だけが、はっきりしていく。
そして、今年の誕生日。私は一人で食卓に座り、無意識に椅子を一つ多く並べていた。
誰もいないはずの席から、帳面をめくる音がした気がした。
(了)