昔、町外れに「和解劇場」と呼ばれる小さな芝居小屋があった。
舞台では、互いに争っていた人々が最後には必ず手を取り合い、抱き合って幕を下ろす。観客は涙を流し、劇場はいつも満員だった。
ある夜、一人の青年が舞台に立たされた。観客席から突然、名前を呼ばれ、照明が彼を照らしたのだ。台本もなく、相手役も知らされぬまま舞台に引きずり込まれた。
やがて幕の向こうから現れたのは、かつて裏切った親友だった。恨みの言葉が互いの口から噴き出す。だが観客は黙って見つめている。舞台の空気は、いつの間にか彼らを「和解」へと押し流していった。
抱き合わなければ幕が下りない。笑顔を見せなければ終演は訪れない。
抵抗しても、体は勝手に動く。言葉は芝居の台詞のように整えられ、憎しみは溶けていく。観客は拍手喝采した。
翌朝、劇場の外に出た青年は気づく。
親友も、観客も、町の人々も皆、どこか引きつった笑顔を浮かべている。誰一人として怒らず、泣かず、ただ和解を繰り返すだけの世界になっていた。
ふと、自分の頬も勝手に吊り上がるのを感じた。
笑顔のまま、涙ひとつ出ないことに気づいた瞬間、ようやく悟った。あの劇場こそ、この町全体を動かす台本の始まりだったのだ。
[お題出典:https://note.com/tarahakani/n/ncdcca740e5e0]
#毎週ショートショートnote #誤解陸上 #和解劇場