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期限の工場 r+3,042

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あの時のことを思い出すと、いまだに背筋がぞっとする。

当時、私は地方の小さな工場に勤めていた。食品関係といっても華やかさなど一切ない。惣菜を決められたレシピどおりに作り、プラスチックの容器に詰め、大手メーカーの名前を冠したラベルを貼って出荷するだけの単調な作業。
「生産」と呼ぶにはいささか貧しい工程で、機械は古く、働く人数も足りず、最先端からはほど遠い、錆びかけた現場だった。

その年の秋、納期が異常にきつい案件が舞い込んだ。取引先の都合で納品日を一日も動かせないと言われ、現場の全員が連日残業を強いられた。私も例外ではなく、毎日六時間近く残って作業を続け、気づけば夜の十時を過ぎているのが当たり前になった。
疲労は限界に達していたが、やめるわけにはいかない。少しでも手を抜けば、全員が共倒れになる。そういう恐怖に追い立てられ、ひたすら流れ作業を繰り返していた。

その夜も、私はくたくたになって帰宅した。
風呂に入る気力もなく、制服を脱ぐことすら億劫で、布団に倒れ込むなり意識を失った。眠りというより、深い穴に突き落とされたような感覚だった。

そして、夢を見た。
工場の中で、私はただ一人で黙々と作業をしている。容器を流し、惣菜を詰め、シールを貼り、また次を待つ。単調で、変化のない、終わりのない作業。
夢の中なのに、湿った床の冷たさや油じみた匂いまで生々しく感じられる。時間の感覚は曖昧だが、何時間も、いや何十時間も同じことを繰り返していた気がする。
「これは夢だ」と気づく余裕すらなかった。ただ、そこに縛りつけられていた。

目が覚めた時、私はひどく混乱していた。
寝たはずなのに、体は休まるどころか余計に重い。筋肉が軋み、関節は鉛のように鈍く、布団から這い出すのに十分以上かかった。
それでも、遅れるわけにはいかない。わずかな遅刻が命取りになると分かっていた。歯を食いしばり、満身創痍の体を引きずって工場に向かった。

出社すると、現場は妙にざわついていた。
「おかしいな……誰もやってないのに、昨日の夜のうちに大量に進んでる」
誰かがそう言った。
生産ラインの記録を見ても、明らかに異常な速度で数が積み上がっている。普段現場には顔も出さない社長が、従業員を気遣って夜中に手伝いに来たのでは、という憶測が飛び交った。
だが、それはあり得ない。社長はそんな人間ではないし、夜勤要員など存在しない。
「でも、実際にできてるんだからいいじゃないか」
疲弊しきった仲間の顔に、ようやく光が戻った。間に合うかもしれない、と誰もが胸をなでおろしていた。

その時、品質管理の担当者が血の気を失った顔で駆け込んできた。
「全部……駄目です! 昨夜の分は廃棄になります!」
理由を問うと、印字された賞味期限が一日ずれているという。
機械が勝手に間違えたのか、人が意図的に入力したのか、それすら不明。とにかく全数が不良品扱いになり、やり直すしかなかった。

あの瞬間の空気は忘れられない。
工場の中の温度が一気に数度下がったように感じた。誰も声を出さない。出せない。全員が凍りつき、ただ絶望を噛みしめていた。結局、納期には間に合わず、取引先からの信用は大きく傷ついた。

私はというと、心の底から震えていた。
あの夢と昨夜の出来事は無関係なのか。夢の中で私は確かに容器にシールを貼っていた。印字された数字も、なぜか「一日先」を示していたような気がする。
もし私が眠っている間に、夢の中で作業していたのだとしたら――。その結果が現実に反映されたのだとしたら――。

考えるほど、喉が渇き、背中に冷たい汗が伝った。
「夢」と「現実」がどこで入れ替わったのか分からなくなる。あの工場の湿った匂いが、目覚めた今も鼻を刺している気がする。
私は自分の体が自分のものではないような不安に囚われた。疲労による幻覚か、あるいは本当に、私は眠りながら作業をしてしまったのか。

それ以来、あの工場を辞めた後も、夜に眠るのが怖い。
ベッドに横たわるたびに、あの無限の作業場に連れ戻されるのではないかと怯えている。
そしてもし、また数字を一つ間違えたら。今度は工場の惣菜ではなく、自分自身の「期限」が書き換えられてしまうのではないかと――そんな妄想が頭を離れない。

――これは、夢だったのか。それとも、本当に起きたことだったのか。
私には、今も判別できない。

[出典:789 :本当にあった怖い名無し:2019/08/18(日) 05:29:53.03 ID:P4C7wI9V0.net]

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