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かわってね rw+5,454-0217

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小学校四年生の七月だった。

教室はいつも少し濁っていた。窓を開けても風は入らず、誰かの視線だけが、黒板の端や机の下を這っていた。

万里は、その視線の真ん中にいた。

首の病気だと聞いた。詳しいことは知らない。ただ、お姉さんの喉元が膨らんでいるのを見て、みんなはそれだけで十分だったらしい。

「うつるんじゃない?」
「親もそうなんでしょ?」

笑い声は、いつも私の背中側で起きた。私は振り向かなかった。ただ、万里の机から少しずつ距離を空けた。

嫌いになったわけじゃない。ただ、同じ側に立つ勇気がなかった。

ある日、万里に声をかけられた。

「新しいゲーム、買ってもらったの。一緒にやらない?」

一瞬、断ろうとした。でも、周りに誰もいなかったから、うなずいた。

万里の家は静かだった。二階の部屋でゲームをして、笑った。久しぶりに、何も考えずに笑った気がする。

途中でトイレに立ち、一階に降りた。

用を済ませて廊下に出ると、玄関の前にお姉さんが立っていた。

長い髪が肩に落ちている。喉元のふくらみが、服の上からでもわかった。

「こんにちは」

小さく言うと、お姉さんは私の名前を呼んだ。

「ひろみちゃん」

どうして知っているのかとは思わなかった。

「万里と、遊んでくれて、ありがとう」

声は低くて、やけに落ち着いていた。

「万里はね、ひとりになるのが嫌いなの」

そう言って、少しだけ笑った。

そのとき、玄関の電話が鳴った。お姉さんは振り向かず、私だけが音のほうを見た。もう一度廊下に目を戻したとき、そこには誰もいなかった。

二階に戻ると、万里は画面を見たまま言った。

「ひろみ、今日ずっと一緒にいてくれる?」

笑って答えた。
「うん」

その日の夜、母が電話を受けた。

万里が事故に遭ったと聞いた。夕方、家の近くで。搬送された病院は、お姉さんが入院しているところだったという。

「お姉さんは、ずっと病室にいたって」

母がそう言った。

私は何も言わなかった。

通夜のあと、万里の母は私に手を握らせた。

「万里ね、最後に“ひろみと遊べてよかった”って言ってたのよ」

その言葉は、感謝なのか確認なのか、わからなかった。

数日後、お姉さんも亡くなった。

家を処分する前に、万里の母からゲームを譲られた。供養になるから、と。

八本のソフトのうち、二本は見覚えがなかった。

一本を開けると、折りたたまれた紙が入っていた。

「お姉ちゃんばっかりずるい」

別の紙には、人型に切ったものに赤い字で名前が書かれていた。

『はるみ』

身体の部分に、何度も同じ言葉。

『しね』

母はそれを燃やした。

「寂しかったのね」と言って。

私は何も言わなかった。

それから年月が経った。

一人暮らしを始めるため、段ボールを整理していると、あのゲームが出てきた。捨てる前に中身を確かめようと思い、触ったことのない一本を開けた。

また紙が入っていた。

「最近ひろみのやつが冷たい」

「他の子と仲良くしてんじゃねーよ」

最後の一枚は、人型だった。

『ひろみ』

そして、胸のあたりにこう書かれていた。

『二十歳になったら、かわってね』

その字は、前より丁寧だった。

私は来月、二十歳になる。

誕生日のことを考えるたびに思い出す。

あの日、廊下でお姉さんが言った言葉。

「万里はね、ひとりになるのが嫌いなの」

あのとき、私はちゃんと答えただろうか。

ずっと一緒にいると、言っただろうか。

それとも。

あの日、万里と遊んだのは、本当に一人だったのだろうか。

(了)

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