これは、千葉に住む元同僚から聞いた話だ。彼が子供の頃、まだ小さな田舎町で起きた出来事だという。
その町の端にある山には、昔から子どもたちがよく訪れる秘密の遊び場があった。彼と友人の間では、特にその山はカブトムシを探すための「宝の山」として知られていた。ただ、その山へ向かうには、少し不気味な橋を渡らなければならなかった。昼間はなんてことのない場所なのだが、夕暮れや早朝には、薄暗さが辺りの空気を異様なものに変えてしまうのだ。
その日、彼らは夜明け前の暗闇に紛れ込み、懐中電灯片手にカブトムシを探しに山へ入った。明け方の冷たい空気の中で木々はただ黙して立ち、虫の声ひとつ聞こえなかった。奇妙な静寂が辺りを支配し、彼らの足音だけが湿った土を踏む音として響く。こんなことは初めてだった。「虫がいない」という違和感。それが山全体に漂う不気味さを際立たせていた。
「もっと上に行けばいるかもしれない」と彼が提案すると、友人はなぜか渋い顔をした。普段なら先陣を切って山道を進むはずの友人が、その時は後ろでぐずぐずとついてくる。気にせず彼は先へ進んだ。目的地は木々の間に立つ大きな古木。いつもカブトムシが集まる場所だった。
古木に近づいたその時だった。不意に周囲がぱっと明るく照らされた。懐中電灯の光ではない。もっと広範囲で、強烈に明るい光が彼の周囲を包み込んだ。振り返ると友人の姿はなく、光源も見えない。不思議に思いながら木の根元を探したが、カブトムシどころか、小さな虫一匹見当たらない。
その時、友人が突然山道を駆け上がり、彼の腕をつかんで引っ張った。顔は青ざめ、何かに怯えているようだった。問いかけても友人は何も言わず、ただ無言で彼を山の下へと急がせる。その焦りが伝わってくるほど、友人の手は冷たく固く震えていた。
薄暗い山道を二人で降りていく中、再び背後から光が差し込んだ。今度はさらに強烈で、周囲の木々の影を長く歪めるほどだった。「何だ?」と振り向こうとしたが、友人はそれを阻むように彼の頭を掴んだ。「見ちゃダメだ」とでも言うように。そして、押すように歩を早める。
橋の近くまで辿り着いた時、三度目の光が山から彼らを追うように広がった。とうとう耐えきれなくなった彼は、友人の制止を振り切り勢いよく振り向いた。その瞬間、視界に飛び込んできたのは、山頂の闇に吸い込まれるように落ちていく巨大な光の塊だった。まるで花火が逆さに炸裂し、その破片が山の頂へと沈んでいくかのような光景。音はまったくない。奇妙なほどの静寂だけが耳を支配した。
家に帰り着くと、友人は突然真剣な顔でこう告げた。「今日のことは誰にも言うな」。彼の目はまるで何かを見透かしているかのように鋭かった。それ以上何も語ろうとしなかったが、あの時の光景が友人の心に深い影を落としていることだけは明らかだった。
後になって彼が気づいたのは、あの日の山で見た光。それが何かの自然現象であったのか、それとも説明のつかない“何か”だったのかは分からない。ただ一つ確かなのは、それ以来、その山へ行く者がぱたりと途絶えたということだった。山を訪れる人々の間で、何かが囁かれ始めていたのだろうか。今となっては、もう誰も真相を確かめようとしない。
(了)
[出典:177 名前: 173 [sage] 投稿日: 04/11/07 22:05:27 ID:MA4ZLZ0N]