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葉の証 r+4,126

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部の奥山に、小さな集落があった。

あたしは、そこで生まれたわけじゃない。幼いころ、両親を相次いで亡くし、兄は奉公に出された。行き場を失ったあたしは、村の庄屋に引き取られたんだ。
そこで二つ年上のお嬢さんに仕えることになった。お付の女中として、遊び相手として。礼儀作法も読み書きも厳しく仕込まれたけど、お嬢さんはまるで姉のように、あたしを可愛がってくれた。
一緒に縁側で菓子を食べ、山の斜面に座って雲を見た。あの人は、山の春先の水みたいに澄んだ笑い方をした。

あたしが今の中学二年ぐらいだった頃、村に妙なことが続けて起きた。
最初に死んだのは、村で嫌われ者だった男だ。神仏を信じない、地蔵や祠に小便をひっかける、お供えを蹴散らす、禁足地に入りこむ……そんなことばかりしていた。
山中の高い木の下で、首の骨を折って死んでいた。
誰も悲しまなかった。むしろ「天狗の祟りだ」と囁く声が、雨後のきのこのように広がった。

それからというもの、村の者が次々に怪我をするようになった。慣れた道で転び、木から落ちる。たいした怪我じゃないけど、立て続けに起こるもんだから、「まだ祟りは続いている」と誰もが信じた。
最初は笑って否定する者もいたが、やがて皆の顔色が変わっていった。夜道で灯りが増え、子供は外に出されなくなった。
中には恐れて村を出る者もいた。

やがて、「祟りを鎮めるには生贄を捧げるしかない」という声まで上がった。
若い娘だ。年頃の娘は少ない。両親のいないあたしが選ばれるのは目に見えていた。
胸の奥が冷たくなった。昼でも体が震えて、夜は寝汗で布団が湿った。

庄屋は金を出して、山を越えた向こうの村から拝み屋を呼ぶことに決めた。迎えの男たちが出発したが、半月経っても戻らなかった。
村の空気は重く、屋敷の外に出れば、誰かがじっとこちらを見ている。奉公人たちも祟りの話を避けるようになり、庄屋の顔色も日に日に悪くなった。
あたしは悟った。「決まったんだ……生贄は自分だ」と。

そんなある朝、お嬢さんが消えた。
あたしが部屋を訪ねると、布団にまだ温もりが残っていた。雨戸は内側から閉ざされていたはずなのに、確かに閂は下りていなかった。
布団の上に、一枚の葉っぱが落ちていた。村の近くには生えていない、山奥の木の葉だった。
着物と草履はなくなっていたが、櫛も帯も、他のものはそのままだった。

屋敷も村も大騒ぎになった。「逃げたんだ」「天狗に浚われた」……後者の声が次第に優勢になった。草履履きで山を越えられるはずがない。天狗が連れて行ったんだ、と。

ちょうどその頃、迎えに出た男たちが戻ってきた。拝み屋を連れて。
その婆さんを見た瞬間、あたしは背筋が冷たくなった。
骨ばった手で祭壇を組み、煙の濃い香を焚き、神に向かって何やら唱えたあと、婆さんは村人を叱りつけた。
曰く、今回の騒ぎは村人の不信心が招いたものだ。
死んだ男は、自分の無礼で神々の加護を失い、木から落ちて死んだだけ。
たまたまそこに天狗がいた。大天狗の使いが帰り道に立ち寄ったところ、男の穢れを浴びて帰れなくなり、山中に留まっていた。そのことに山の神も村の神も怒った。

その後の怪我は神々が加護を解いたせいだ。
そして、お嬢さんは神隠しだ。村人が娘に無体を働こうとしたのを神が憐れみ、領域へ連れて行った。
「もう帰らぬ。神として祀れ」と拝み屋は言った。
村人は泣いて詫び、屋敷に社を作ってお嬢さんを祭った。

あたしはその後もしばらく庄屋で働いたが、あの笑顔のない屋敷は空洞のようで、やがて兄を頼って町に出た。庄屋は退職金をくれ、嫁入りの時も面倒を見てくれた。
お嬢さんからもらった櫛を、大切に拝んでいたけれど、戦時中の空襲で焼けてしまった。
故郷とも、そのとき縁が切れた。

……あの話を、孫に語ったとき、「神様がそんなひどいことを」と言われた。
あたしは怒ったよ。
けれど、一つだけ教えてやった。あの日、雨戸の閂は下りていなかった。
お嬢さんは、自分から出て行ったのかもしれない。
でも、布団の上の葉っぱは確かに山の木のものだった。拝み屋はそれを見て何も言わず、「黙っておけ」とだけ告げた。
「娘は神様が連れて行った。それが一番大事なことだ」
そう言われた瞬間、あたしは子供のように泣き崩れた。

お嬢さんは、本当に綺麗で優しい人だった。
涙は、いまだに止まらない。

婆ちゃんの話:2013/11/27(水) 13:17:24.18 ID:RILHj3XU0]

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