ある地方の公立高校に通う女子生徒、珠美。
目立つわけでもなく、かといって地味に埋もれることもない、ごく普通の高校生活を送っていたという。
転機が訪れたのは高校二年の春。同じクラスになった英子という女子生徒から、突如としていじめの標的にされるようになる。珠美自身、それまで英子と接点すらなかったため、まったく心当たりがなかったという。
だが英子は、クラスの“女王”のような存在だった。彼女の影響力は絶大で、ゴールデンウィークが過ぎる頃には、珠美に声をかける女子は誰一人いなくなった。
それでも珠美は登校を欠かさなかった。体育祭、試験、修学旅行、文化祭――そのすべてを孤独に、けれど毅然と乗り越えていった。
そんな彼女の態度は、皮肉にも英子たちの敵意を煽る。いじめはより執拗に、より陰湿にエスカレートしていった。
中には目を覆いたくなるような行為もあったらしい。
そして、11月。ある授業中の出来事が、クラスの空気を一変させる。
クラスの男子、定雄が突然立ち上がり、「このクラスのいじめについて話したい」と口火を切ったのだ。
教師はそれを制止しようとするが、定雄は「今まで見て見ぬふりをしてきたのはあなたではないか」と逆に糾弾する。
男子生徒たちが声を上げ始め、女子たちは怯えたように顔を見合わせる。
担任の中年女性教師は混乱し、感情をぶつけるように男子たちを怒鳴りつけた。
その場を静めたのは、他ならぬ珠美だった。
「いじめなんてない。少なくとも私は、自分がいじめられているとは思いたくない。大人の社会にも、嫌がらせやストーカーまがいのことはある。国際社会でさえそうだ。隣国の横暴を“いじめ”と呼ぶだろうか? 私は、困った隣人に悩まされている、ただそれだけだと思っている。クラスで仲良くするのが理想だとはわかっている。でも、人としての誇りを失ってまで、困った相手に付き合うつもりはない」
その堂々たる言葉に、クラスの空気が変わった。
男子たちの尊敬を集めたのはもちろんのこと、英子に従っていた女子たちの心にも、何かが芽生えた。
未成熟な集団の中では、力関係は脆く崩れやすい。珠美の発言を境に、立場は一変した。
三日後、英子は学校に来なくなった。
――しかし、話はここで終わらない。
英子とその家族は、反撃に出る。人権派の弁護士を雇い、「人権侵害だ」として珠美を訴えると通告してきたのだ。
慰謝料を要求し、支払えなければ、英子の家の商売を手伝わせると言い出した。
珠美の父は小さな工務店を営んでいたが、争う余力もなく、結局は屈するしかなかった。
珠美は全校生徒の前で英子に謝罪し、学校を辞めることを約束する。
――だが、ここからが本当の物語だった。
珠美が退学の準備を進める中、英子は依然として登校しないまま。
12月に入ると、異変が起こる。
まず担任の女性教師が心を病み、倒れた。
続いて、英子の取り巻きであった民子が、原因不明の発疹で長期欠席に。
さらには英子自身とその母親までも、同じ症状に悩まされることとなった。
クリスマスを迎える前に、英子は退学。
結局、問題は彼女が姿を消すことで終息する。
珠美は学校に残り、無事卒業。地元の国立大学へと進学した。
一体、何があったのか。
実は――珠美の母親も、独自の「戦い」をしていたのだ。
寺の家に生まれ育った彼女は、一本の十円玉を使った。裏面の刻印(製造年月日と数字)をサンドペーパーで削り落とし、水で薄めた酢に浸した麻布で丁寧に磨いた。
その十円玉と小さな釘をお守り袋に入れ、「削った面を前にして首にかけ、毎日家に帰ったら磨きなさい」と珠美に言い聞かせた。
――ただそれだけ。
後に母親はこう語ったという。
珠美の話を聞いて、いじめの原因は「恋愛感情のもつれ」ではないかと直感した。
英子は定雄に好意を抱いており、定雄の想いは珠美に向いていた。
英子はその嫉妬から、珠美に呪いのような執着を向けていたのだろう。
しかも、海外の“人権”を盾にするあたり、英子が持ち出すのはおそらく“海外の呪術”だ――そう考えた母親は、術を跳ね返す“鏡”のような存在として十円玉を使ったという。
釘は呪力のアンテナ、十円玉はそれを跳ね返す鏡。
結果として、その“返し”は英子本人とその協力者、さらには担任教師にまで及んだ。
こうして、珠美は奇妙な呪縛から解き放たれる。
そして、もしこの物語がハッピーエンドなら、珠美と定雄が結ばれていたかもしれない。
だが、現実はそう甘くはない。二人は別々の大学へ進学し、それぞれの道を歩んでいった。
――完。