第20話:消えた遺体
この話をしてくれた男性は、今ではかなり年配の人物なのですが、これは彼の青年時代の体験です。
ほんの一年間程、火葬場に勤めていたのだといいます。
詳しいいきさつは不明ですが、ともかく知人の紹介で務めることになったんだそうです。
ともあれその斎場は当時、彼ともう一人の老人の二人でやっていたそうです。
かなり規模の小さな施設だったようです。
釜が二つと、遺族が、遺体がお骨になるまでを待つための待合室と、そして事務室があるだけです。
先輩の老人は話し好きで、彼はよく老人から業界内の話を色々と聞かされたそうです。
時には業界にまつわる恐ろしい話も聞かされました。
夜になると釜の中から声がするとか、釜の扉を内側から叩く音がする……等というものです。
だが、彼が最も怖かったのは”遺体が生き返ることがある”という話です。
現在ほど医学が発達していなかった昔、心臓停止がすなわち人間の死であるとされておりました。
だがご存知の通り、心臓停止状態から希に蘇ることもあるのです。
つまり仮死状態のまま釜に入れられ、焼かれている最中に息を吹き返す場合があるというのです。
現にここでもそういうことがたまにあったと老人は語りました。
そういう場合、釜から遺骨を引き出すとそれぞれの骨格の位置が普通の場合とは微妙に違うのだそうです。
生きたまま焼かれる恐怖と苦痛で、釜の中でなんとか逃れようともがいた形跡が、プロの目にはハッキリと分かるそうです。
「まぁ、こんなことは言わんことにしてるがな……」
と老人は言いました。
それと気づいても何も言わないというのです。
もう取り返しがつかないんですから、いつものように平然と振舞うんだそうです。
しかしそれでも、そういうことのあった日はとても眠れなかったそうです。
その話を聞いて彼は鳥肌が立つ思いがしました。
仮死状態から目を覚ましたら狭い棺桶の中、しかも轟々たる炎が自分の体を焼いていく……
その恐怖と絶望を思うと、いてもたってもいられなかったのです。
さて、人の死を扱うこととはいえ、慣れてくればそれはただの仕事になります。
遺体を迎え、釜に収めて火を入れる……
二時間程事務所で作業をして、時間が来たら釜を開けて……
今度は骨揚げ、骨壷を抱えた遺族を送り出してそれで終わり。
後は釜の清掃をして次の遺体を迎える準備をする。その繰り返しです。
一年程経つ頃には彼もすっかり仕事に慣れ、老人の方は全てを彼に任せて、事務室から出てこなくなりました。
その頃には事実上全ての作業を彼一人で行っていたのです。
そんなある日、事件は起こりました。
いつものように遺体を焼いて二時間後、再び遺族を釜の前に集めました。
タイマーが働いて既に火は落ちています。
耐熱の厚い手袋をはめた手で、分厚い鉄製の扉を開けます……
「えっ!?」
彼は思わず声を上げました。
後ろでは遺族たちがどっとざわめいています。
釜の中が空っぽなのです。
わずかに棺桶やその内装、さらに花等の灰があるだけで、遺骨が無い……
そんな、馬鹿な……
彼はスライド式の鉄製の引き出しを、手摺を掴んで引っ張り出しました。
見間違いではない。遺骨は影も形もないのです……
考えられない事態です。
「すっ、すみませんっ、少しお待ちくださいっ!」
彼は遺族達にそう言って、事務所の奥の老人を呼びに行きました。
やってきた老人は、まだ熱気の残る釜の中を覗き込むと彼に言いました。
「お前、釜の中へ入って見てこい」
怖くて嫌でしたが、しかし仕事です。
彼は釜が冷めるのを待って懐中電灯を手に持って釜に潜り込みました。
……釜の中はやはり空っぽです。
しかし彼は、耐火レンガの表面に細かい傷跡を見つけました。
まるで爪で引っ掻いたような跡です。
まさか……
彼は更に奥へと進んだんです。
突き当りで釜は上の方へと伸びています。
煙を抜くための煙突です。
懐中電灯の灯りを真上へ伸びる闇へと向けて
「うあああああ!!」
と彼は悲鳴を上げました。
煙突内部には点検と清掃のためのタラップが取り付けられています。
そのタラップに誰かがしがみついていたのです。
焼いたはずの遺体です。
生き返ったのです。
棺の中で息を吹き返し、ここまで逃げてきたのです。
死装束はほとんど焼け落ちて裸に近い格好です。
だが皮膚にはほとんど焼かれた痕跡はなかったのです。
しかし、例えばそれが黒焦げの焼死体だったらまだ納得できたでしょう。
その遺体は熱と煙で燻されて、人間の燻製になっていたのです……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]