小さい頃、盆と正月だけは必ず父方の田舎に帰っていた。
四国の山間部で、最寄りの国道から車で一時間以上かかる。集落といっても十数軒が谷に沿って点在しているだけで、夜になると人の気配は完全に消える場所だった。
父の実家は代々、その山一帯を「持ち山」として管理してきた家だった。林業で財を成したわけでもない。ただ昔から、山は山として受け継がれ、切る木も伐る時期も、勝手に決めてはいけないと教えられてきたらしい。
その持ち山には、一族の墓が点在している。いわゆる墓地のように一箇所にまとまっているのではない。時代ごと、本家と分家ごと、あるいは家が分かれた拍子に、それぞれの判断で山の中に墓を作ってきた結果だった。
古い墓ほど山の下の方にあり、新しい墓ほど少しずつ上へ移動していく。昔は土葬だった名残で、石塔の形も揃っていない。苔に覆われ、墓石なのか自然石なのか見分けがつかないものも多い。
ただ、一箇所だけ、誰も墓を作らなかった場所がある。
山の中腹よりやや上、古い杉林の切れ目に、小さな祠が建っていた。屋根は朽ち、賽銭箱もないが、周囲だけは不自然なほど下草が少ない。そこが山の神を祀る場所だと、子どもでも分かった。
「ここより上には、死んだもんを置くな」
それが一族の暗黙の決まりだった。理由を聞いても、大人たちは「昔からそうだから」としか言わない。祟りだとか罰だとか、露骨な言葉は使わなかったが、口調は揃って重かった。
問題が起きたのは、私が生まれる前のことだ。
ある分家の当主だった男が、その決まりを無視した。男は合理的な性格で、そういう言い伝えを一切信じなかったらしい。
「墓は高いところにあるほうがええ。見晴らしもええし、湿気も少ない」
そう言って、山の頂上近くを整地し、自分の家の墓を作った。それだけでは終わらなかった。男は、もともと山の下の方にあった先祖代々の墓まで掘り起こし、わざわざ山の上に移した。
一族からは強く反対された。
「神さんより上に墓を置いたら、山が死ぬ」
そう言われても、男は鼻で笑ったという。
「神様やら祟りやら、そんなもんがあるか」
その年の冬、男の家で最初の不幸が起きた。
詳しい話は、誰も語らなかった。ただ、病気だったとか、事故だったとか、そういう言葉だけが断片的に残っている。翌年も、その次の年も、不幸は続いた。
子どもが先に死に、妻が倒れ、最後に男自身が事故で亡くなった。事故の内容は、子どもだった私には伏せられていたが、大人たちの表情を見る限り、穏やかなものではなかったらしい。
結果、その分家は誰もいなくなった。
山の上に作られた墓だけが残った。
それ以来、その墓に近づく者はいない。草刈りもされず、参る人もいない。道だけは残っているが、途中から踏み跡は消え、落ち葉と枝に覆われている。
私は一度だけ、好奇心でその方向に行きかけたことがある。祖父に見つかり、強く叱られた。
「見るな。行くな。あれはもう、墓やない」
その意味が分からず、私は黙った。
祖父が亡くなり、父も年を取り、実家に帰る機会は減った。それでも、数年前の法事で久しぶりに帰省したとき、気になることがあった。
山の中腹の祠が、少し下へ移動していたのだ。
建て替えた形跡はない。ただ、場所だけが、以前より低くなっている。あるいは、そう感じただけかもしれない。
父に聞くと、少し間を置いてから言った。
「山はな、動くんや。人が触ったときだけな」
それ以上は何も話さなかった。
今も、あの山の頂上には墓がある。誰も参らず、誰も壊さず、ただ置かれている。
祟りがあったのかどうかは分からない。ただ、一族の誰もが、あの山の一番上を避けて生きている。それだけは、今も変わっていない。
[出典:175 :本当にあった怖い名無し:2009/05/07(木) 10:45:18 ID:FZVAB+jS0]