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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

声の届かぬ夏の群像 n+

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大学二年の夏、祖母に頼まれてお盆の支度をしに車を出した。

午後の陽射しは濁って、アスファルトの上で揺らいでいた。窓を開けると草いきれと排気のにおいが絡みつき、肌に薄い膜を貼るようにまとわりついてきた。

赤信号で止まったとき、横断歩道を渡る人影が目に入った。小学校から中学まで同じだったAだった。Tシャツにジーンズ、昔から背丈は変わらない。何年ぶりかの懐かしさに、咄嗟に名前を呼んだ。けれど彼は耳に届かないかのように、ゆっくり歩調を崩さず渡り切った。横顔にこちらを認める色がなかった。信号が青に変わり、私はそのままアクセルを踏んだ。

夜、地元の友人たちと集まったとき、思い出したように「今日、Aを見た」と口にした。すると周囲の数人が一斉に「俺もだ」「俺も見た」と声を重ねた。ある者は車ですれ違った、ある者はコンビニの駐車場で煙草を吸っていたと。皆ばらばらの場所で、同じ日に、同じように目にしていたのだった。

それが偶然の多重ではないと気付いたのは翌日のことだった。
Bに連絡を取ろうとしたとき、彼の口ぶりが曖昧で、胸の奥にざらつきが広がった。夕方になって届いた報せは、受け止めきれないものだった。Aは自ら命を絶ったのだと。硫化水素。車の中で。

お通夜の斎場は人で溢れていた。焼香を待つ列の奥で、誰もが「昨日見かけた」と同じ話をしていた。駅前、墓場の道、定食屋の前……。皆、声をかけたが応えられなかったと口を揃える。棺の中のAの肌は、目を逸らしたくなるほど変色していた。その姿と、昨日確かに道を渡っていた生身の姿が、頭の中でどうしても重ならなかった。

私はふと、信号を渡る彼の背中の歩調を思い返した。あれは「渡っていく」動作そのもののように見えた。彼はもうあの時、境を越えていたのかもしれない。
そして私たちが呼びかけても応じなかったのは、応じられなかったからではなく、応じる必要のない場所に立っていたからなのだ。

以来、地元の仲間同士で連絡を取り合う習慣が続いている。相談を交わし、互いに声を届けるために。だが八月の墓前に並ぶと、あの日の横断歩道の光景がどうしても甦る。
手を伸ばせば届いたのに、誰も届かなかった背中を思い出しながら。

[出典:567 :本当にあった怖い名無し:2011/06/19(日) 11:06:18.21 ID:REE+nYc20]

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