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袋の底から笑う声 r+4,833

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あれは、まだ信仰に入りたての頃だった。

私はエホバの証人という名を知って間もなく、週に数度、王国会館へ通っていた。何もかもが新鮮で、同時に底の見えない深淵を覗くような不安もあった。

初めて聞いた怪談は「笑うワラビ」という話だった。
野外奉仕の帰り、仲間が神社でワラビを摘もうとした。長老が「ここは悪霊の影響があるかもしれない、移動しましょう」と言ったのに、二人の姉妹だけは残った。私と同じくらい若い姉妹だったそうだ。

境内に沈む空気は、昼間だというのにひやりとしていたらしい。風もないのに木々が微かに揺れ、葉擦れの音に紛れて、低くくぐもった笑い声がしたという。二人は見回したが誰もいない。笑い声はやがて止み、そのまま彼女たちはワラビを抱えて帰った。

台所に置いたワラビから、再び笑い声が響いたのは、その夜。今度ははっきりと、湿った喉の奥から漏れるような笑いだった。二人は肩を揉みながら冗談めかして「サタンが出たなら、揉んでもらいましょうか」と言い合ったという。次の瞬間、骨の折れる乾いた音がして、一人は即死。もう一人は病院で意識を失い、後にこの話を私に聞かせてくれたのだった。

その時の表情が忘れられない。笑って話しているのに、目だけは硬く、何かを見続けていた。

同じ集会の姉妹からは「金縛り」の話を聞いた。信仰を始めてから、毎夜、体が鉛のように重くなる。耳元で囁く声、胸の上を何かが這う感触……長老に相談すると「仏壇はありますか」と聞かれた。家には先祖代々の黒光りする仏壇があった。処分した夜から、あの圧迫は消えたという。

私は笑いながら聞いたが、その晩、自分の部屋の隅に仏壇ではない何か黒い塊があるのを見た。瞬きをしたら消えていた。

やがて私は、もっと奇妙な話を聞くことになる。
ある反対者の夫が、妻の通う王国会館を爆破しようと夜中に天井裏に忍び込んだ。だが天井板の隙間から下を覗いた瞬間、二メートルはあろうかという巨大なみ使いと目が合った。腕を組み、何も言わず睨みつけるその目に射抜かれ、男は道具を置いて逃げた。後にその夫も信者になったという。

こうした話は、笑い話のように語られる。だが私は気づいていた。話をする者の口元は笑っていても、視線は必ずどこかに逸れる。まるで、見えない何かを避けているかのように。

ある時、王国会館に来ていた兄弟が私に「空を見てごらん」と言った。何も見えなかったが、その兄弟の幼い息子は「羽のある人がたくさん飛んでる」と言った。冗談半分で母親が「おーい」と呼ばせた瞬間、目の前の国道にトラックが突っ込み、母子は即死した。後で分かったのは、飛んでいたのはみ使いではなく悪霊だったという。

私は家に帰り、その夜は電気を消せなかった。

やがて、関東に住む「み使いが見えるおじさん」の噂を耳にした。娘がエホバの証人になった途端、自分のつく「神様」と娘の神様の力比べを始め、邪悪な気を送った。しかし娘が祈ると、彼の神様は何もできなかった。聖書を開こうとすると破れてしまうが、娘や長老が指をさすと光が走って修復されたという。その話を聞いたのは冬の集会帰り、会館の外で雪を踏みしめながらだった。空気が澄みすぎて、耳が痛かった。

出雲の会館の話も印象的だ。子供にだけ見える窓の外の鬼。巨大な影が列を成して歩き、敷地の境で必ず止まる。ある鬼が間違って一歩踏み入れた瞬間、湯気のように消えたという。私は思わず窓の外を見たが、暗い駐車場しかなかった。

こうして集めた話は数え切れない。恐山のイタコが悪霊に聞いた「恐れているもの」の答えがエホバと王国会館だった話。世界的漫画家が悪霊に操られて漫画を描き、信仰を得た途端に最終回を打ち切った話。

すべてが私の中で沈殿し、時折泡のように浮かび上がる。信じるか信じないかではなく、見えない網に絡め取られている感覚。

ある晩、集会の帰り道で雪が舞っていた。歩道の向こうから、小さな笑い声がした。誰もいない。足跡もない。胸の奥に、かすかな圧迫感。あの「笑うワラビ」を聞いた夜と同じだと、すぐに分かった。

家に着くと、玄関の隅に買い物袋が置いてあった。見覚えがない。中には、まだ湿ったワラビがぎっしり詰まっていた。

袋の奥から、湿った喉の奥を震わせるような笑い声がした。

その夜、私は祈らなかった。

[出典:1 :風吹けば名無し:2016/07/08(金) 15:07:56.03 ID:FMF9cF+Zp.net]

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