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僧侶の亡霊~八鉦まかしょ r+1637

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これは、今はすっかり大人になった一人の男から聞いた話だ。

あれは、彼がまだ幼かった頃のこと。いつも家族と一緒に寝ていたものの、暗闇に対する恐怖心は消えなかった。特に夜の静寂が訪れると、不安が膨れ上がり、頭まで布団をかぶって震えていた。そんなある夜、ふとした音に目を覚ました。

――シャン。

どこか金属的な音。彼には、まるで遠くで誰かがタンバリンを鳴らしているかのように聞こえた。最初は小さく、かすかなその音が、夜の闇を裂くように規則的に響いていた。

――シャン、シャン。

音は徐々に近づいてきた。はっきりと聞こえる、二秒おきのその奇妙なリズムは、眠りの境界から彼の意識を一気に引き戻した。布団を握りしめ、震えながら目を閉じて音を聞くしかなかった。窓の外を覗こうかという衝動に駆られたものの、恐怖で身体がこわばって、動くことなどできない。

――シャン!

一際大きな音が家のすぐ前で鳴り響く。息も凍りつくような瞬間だった。彼は布団にしがみつき、ただ、ただ音が去っていくのを願った。音が遠ざかり、闇が元の静寂を取り戻すまで、彼は布団の中で硬直していたという。

翌朝、昨夜の奇妙な体験を家族に話したが、誰も「そんな音は聞いていない」と言うばかりだった。恐ろしさがしばらく尾を引き、数日間は家族の布団に潜り込むようになったが、時間が経つと次第にその記憶も薄れていった。

ところが、数年後、再びその記憶がよみがえり、彼を凍りつかせる出来事が起きた。

彼はすでに少年だったが、ある怪奇漫画を姉から借りて読んでいた。その中に、集団で行動する亡霊のエピソードが描かれていた。錫杖を持った僧侶たちの亡霊が成仏せず、やがて人間を取り込み仲間にしていくという不気味な話だった。

話の終わりの解説ページに、実際の目撃証言があるという記述が載っていた。興味深く読んでいた彼は、ふと地名を見た瞬間に、血の気が引いた。

《山口県徳山市》

彼が幼い頃に聞いた「シャン」という音、それと同じ音が、どうやら錫杖を鳴らす亡霊のものだというのだ。かつて体験した夜の音と漫画の亡霊の描写が、あまりにも一致していた。まさかとは思いながらも、背中に冷たい汗が流れた。

もし、あの夜、布団から出て窓の外を覗いていたとしたら……何を見てしまっていただろうか。幼い頃の恐怖が蘇り、いまだにその時の戦慄が彼の記憶にこびりついているという。


さらに調べたところ、「七人ミサキ」という言葉が彼の記憶をさらに掘り起こしたようだ。

山口県徳山市(今の周南市)には、七人ミサキという亡霊の伝承があるらしい。それは、僧侶の姿をした霊の集団が、道を急ぎ足で歩きながら鐘を鳴らし、夜の道に近づいた女子供をさらってしまうというものだった。そのため、日が暮れてからは子どもや女性の外出は慎むように戒められていたのだとか。だが、どうしても外出せざるを得ないときには、親指を拳の中に隠して歩けば、七人ミサキから逃れられるとされていたという。

彼はこの伝承の記述を見て、笑いと恐怖が交じり合ったような妙な気持ちになった。「親指を隠す」という行動は、彼自身も霊柩車を見たときなどに行っていた、いわば不吉を避けるための儀式の一つであった。だが、そのルーツがこうした伝承にあるとは知る由もなかった。

一度は薄れた恐怖心が再び蘇り、「やっぱりあの夜の出来事は夢なんかじゃなかった」と、今さらながらに寝るのが怖くなったという。

関連話

⇒ 七人みさき

⇒ 七人坊主

追申

八鉦(やっしょう)七道者による金叩(かねたたき)・八柄鉦/八丁鉦とも。

まかしょ ⇒ 江戸時代、白頭巾に白衣を着け、寒参りの代行をするといって江戸市中を巡り歩いた願人坊主。子供に天神像を刷った紙を撒いたので、子供らが「まかしょ、まかしょ」とはやしたことから由来する。

(了)

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