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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

普通の味 rw+9,370

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結婚して五十日目の夜、ようやく私は違和感を言葉にした。

それまでも妙だった。見た目の悪い料理、奇妙な組み合わせ、噛むたびに違う味がする味噌汁。それでも「慣れていないだけだ」と自分に言い聞かせていた。結婚とは、そういうものを受け入れていくことだと思っていたからだ。

決定的だったのは、袋入りの焼きそばだった。

作り方を横で読み上げた。麺をほぐし、蒸し焼きにするだけだ。だが妻は、フライパンに水をなみなみと注ぎ、麺を沈め、ふたをして煮込んだ。水がなくなった頃には、焦げた塊が底に張り付き、その上に生の白菜、セロリ、そして赤いままの鶏肉が散らされていた。

「これ、長ネギでしょ」

妻はそう言った。指差したのはセロリだった。

私は笑った。冗談だと思った。しかし妻は真顔だった。

翌日、その塊は弁当箱に詰められていた。ふたを開けた瞬間、同僚が顔をしかめた。私は何も言えなかった。代わりに、夜、同僚の家で食事をごちそうになった。

味噌汁の湯気が立ち上り、白米の香りが鼻をくすぐった。口に入れた瞬間、涙が出た。塩気と出汁の味が、はっきりと分かった。これが普通だと、身体が思い出した。

帰宅して妻にその話をした。

妻は怒らなかった。ただ、不思議そうな顔をした。

「普通って何?」

翌朝、味噌汁が出た。油揚げと、細長い緑のものが浮いている。

「ほら、長ネギ」

私は言葉を飲み込んだ。昨日はセロリだった。今日は、どう見ても長ネギだった。香りも違う。だが、口に含むと、どこか青臭い。

会社で同僚に話すと、「食材の名前が分かっていないのでは」と言われた。

試しにスーパーへ連れて行った。

牛肉も豚肉も鶏肉も、妻には区別がなかった。「肉」と書かれた札を見て選ぶだけだった。魚も同じだ。切り身なら「赤い」「白い」で分かると言うが、丸ごと並んでいると黙り込む。

野菜売り場で、妻はラディッシュを手に取り、「さつまいも」と言った。

私は否定した。妻は首をかしげた。

「書いてあるでしょ」

値札を見ると、「さつまいも」と書かれていた。

店員に尋ねると、怪訝な顔で「さつまいもです」と答えた。棚には、丸く赤い球体が山積みになっていた。

私は何も言えなくなった。

その夜の味噌汁は、やはり青臭かった。

数日後、同僚夫婦が家に来た。妻に料理を教えるためだ。

鍋を火にかけ、鶏肉を入れる。同僚の妻が「それは豚肉よ」と言った。

私は見た。確かに豚肉だった。だが、パックには「鶏もも」と印字されている。

同僚の妻は黙った。

食卓に並んだ料理を、誰も箸をつけなかった。沈黙の中で、湯気だけが揺れていた。

その翌朝、台所に甘い匂いが満ちていた。

鍋の中で、何かが溶けていた。砂糖だと思った。だが、袋には「塩」と書いてあった。舐めると、確かに甘い。

妻は言った。

「普通の味よ」

私は何が普通だったのか、思い出せなくなっていた。

十六日後、妻がいなくなった。

台所には、虫が群がっていた。蛆が床を這い、小バエが天井を黒く染めている。腐ったはずの鍋の中身は、まだ温かかった。

義父母に連絡すると、静かな声で言われた。

「昔から、あの子は味が分からなかった」

「でも、あなたは分かるでしょう?」

私は答えられなかった。

その夜、一人で味噌汁を作った。出汁を取り、油揚げと長ネギを刻む。湯気が立ち上る。

口に含む。

青臭い。

翌日、スーパーに行った。

値札には「長ネギ」とある。だが棚には、細長いセロリが並んでいる。周囲の客は、何も疑わずかごに入れている。

私は一つ手に取る。

指先に残る匂いが、もう分からない。

家に戻り、包丁を入れる。

白い汁が飛び散った。

これが、長ネギだと、私は思う。

(了)

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