これは、ある田舎に住む祖母から聞いた話だ。
祖母が幼い頃住んでいた地元は、本当に何もないような田舎で、昔ながらの集落がいくつかの本家とその親戚で構成されていた。外の人間が入り込むことも滅多になかったため、村はまるでひとつの家族のような緊密なつながりを持っていたという。
ところが、そんな村に「犬神憑き」の嫁がやって来た。
その嫁は、よその村から祖母の家に嫁いだ親戚筋に入ったが、彼女の実家から事前に「犬神を祀っている家柄」だと打ち明けがあったという。村中の人間は最初それを冗談半分に聞いていたらしいが、事態は村全体に影響を及ぼすまでに奇妙なものへと進んでいった。
村では、誰かが作ったおはぎやちらし寿司を、各家に配る風習があった。特におはぎは村中で人気で、家ごとに競って作っては互いに振る舞っていたが、嫁が村に来てからは、様子が変わったという。配られる食べ物は、ほんの少しでも誰かの家から漏れた場合、たちまち形を変え、味が変わり、まるで数日放置したかのように硬くなってしまったのだ。
ちらし寿司も同様で、器の中にあったはずの白飯が、空気に触れた瞬間から硬くなり、ガリガリと音がするまでになってしまったらしい。そのため、村人は嫁が持ち込んだ「犬神の加護」に恐怖し、顔を見合わせて怯えていた。祖母の話によれば、村の人間は隠して食べようと試みたものの、犬神はどうにかしてその隠し場所まで探り当て、必ずや硬く、味気ないものへと変えてしまったというのだ。
しかし、犬神憑きの嫁が来てから数年後、彼女は40代半ばで亡くなった。普通の人が寝込むにはまだ早い年齢であり、村人も一様に驚いた。葬儀では、親戚の者たちが彼女の遺体を運び出す手伝いをしたが、その時、彼女の体には、犬に噛まれたような痕がいくつも残されていた。村人は口々に「犬神が、とうとう彼女を連れて行ったんだろう」と噂したという。彼女が亡くなった後も、やがてその夫も、彼女に続くように数年後に他界した。
この話で終わりかと思いきや、祖母はふと、別の神憑きの話も耳にしたと語り始めた。それは、祖母がまだ幼い頃の記憶にぼんやりと残っている話で、犬神や狐憑きとは異なる「猫神憑き」に関するものだった。
村の人間が集まる酒宴や寺社の祭りなどで、よく耳にした言葉が「あの家の嫁に猫神様が憑いた」というものだった。当時の祖母は意味も分からず大人たちの会話を聞いていたが、その猫神憑きの嫁という女性は、急におかしくなったのだという。
何の予兆もなく、さっきまで普通に話していた人が突然、奇声を発して大声で笑い出したり、妙に鋭い目つきで部屋の隅を見つめたりするようになるらしい。村の者たちは、ひっそりと「もう助からん」と囁き合い、その家には誰も寄りつかなくなった。
祖母はその「猫神憑き」についてもっと詳しく聞きたかったが、大人たちは誰も語ろうとしなかった。犬神や狐憑きについては冗談交じりに話すこともあったのに、猫神についてだけは触れようとせず、まるでそれが村にとっての禁忌であるかのような扱いだった。
祖母はそのまま村を離れ、年月が過ぎた今では当時の村人もほとんど亡くなり、猫神の話を知る者もいなくなった。だが、時折ふと、その話が思い出され、猫神が一体どこから来て、何をもたらすものだったのか、謎のまま祖母の心の中に居座り続けているのだという。
(了)
[出典:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/countrylife/1242379169/]