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火気厳禁の丘 rw+4,356-0119

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私は、何度もあの丘を見上げて育った。

町の外れにある、ただの小高い盛り土。畑に囲まれ、道も舗装されていない。季節ごとに草の色が変わるだけで、特別なものは何もないはずだった。

けれど、ある時ふと気づいた。
丘の麓に、鳥居が一本だけ立っている。

境内はない。本殿もない。石段もない。
鳥居の向こうには、木立が密集しているだけで、奥へ続く参道すら見当たらない。よく目を凝らすと、木々の隙間に、石を積んだだけの小さな廟のようなものが沈んでいるのが見える。

最初に違和感を覚えたのは、小学校の遠足だった。
丘の前で、担任が急に声を張った。

「あそこから先は行かない。近づかないこと」

指差した先には、赤茶けた鉄柵が巡らされていた。
柵には、役場名義の札がいくつもぶら下がっている。
火気厳禁。立ち入り禁止。伐採禁止。

誰かが笑った。
「神社なのに、火を使っちゃいけないって変じゃない?」

担任は答えなかった。
ただ、妙に硬い顔で丘から目を逸らした。

それから何年も経って、私は町に残った。
郷土資料室に通うようになり、古い地図や記録を読むようになった。
あの丘には、名前がない。正確には、名前が抹消されている。
地図ごとに呼び方が違い、どれも途中で書き直されている。

ただ共通しているのは、丘の内部に穴があるという記述だった。
人が掘ったものではない。
元々あった空洞を、封じるように使ったらしい。

読んでいるうちに、忘れていた記憶が浮かび上がった。

中学の頃、今村という転校生がいた。
目立たない。口数も少ない。誰とも深く関わらない。
ある朝、彼は学校に来なかった。

放課後、噂が広がった。
丘の鳥居の前で倒れていたらしい。
うつ伏せで、動かなくなっていたという。

煙草の吸殻が一本、そばに落ちていた。
火は消えていた。
外傷はなかった。
死因は不明とされた。

その夜、祖母がぽつりと言った。
「あそこは、火を嫌う」

それ以上、何も言わなかった。

調べるほど、丘の周囲には奇妙な空白があることが分かった。
建物が建たない。
畑が途中で途切れる。
道が必ず曲がる。

年に一度だけ、鳥居の鉄柵が開けられる日がある。
楽の音が、丘の中腹まで流れる。
誰が来ているのか、外からは見えない。
酒と供え物が置かれ、夜明け前にはすべて片づけられる。

参加するのは、決まった数人だけだという。
町の外へ出たことがない者たち。
代替わりはしても、人数は変わらない。

ある年、大雨で倒木が相次ぎ、町が木材を出すよう求められた。
丘の木も対象に含まれた。
手続きを進めていた役場職員が、急に倒れた。
視察に来た者も、数日後に亡くなった。
理由はどれも曖昧なまま、計画は中止された。

誰も声に出して言わなかったが、皆わかっていた。
丘は、触れてはいけない。

火は禁じられている。
だが、それは怒りを買うからではないのかもしれない。

私は、そう思うようになった。

もし、火が彼らを呼び寄せるのだとしたら。
もし、火が彼らにとって「合図」なのだとしたら。

焼かれた記憶。
消えない匂い。
何度も繰り返された終わり。

だから火を持ち込んだ者は、取り込まれる。
死ぬのではなく、戻される。

私は今、丘のふもとにいる。
古ぼけたベンチに腰を下ろし、煙草を取り出す。
百円ライターを親指で弾く。

小さな火が点いた瞬間、音が消えた。
虫の声も、風も、遠くの車の音もない。

煙が、真っ直ぐ立ち上る。
丘のほうへ、吸い込まれていく。

次の瞬間、火が消えた。
息を吹きかけたわけでもない。
指を離したわけでもない。

背後で、足音がした。

振り返る前に、耳元で声が落ちた。

「……まだ、火を持ってるのか」

私は、なぜか答えなかった。
答えなくてもいいと、知っていたからだ。

丘の上で、何かが動く気配がした。
煙はもう、戻ってこない。

[出典:30 :あなたのうしろに名無しさんが……:2003/05/29 04:07]

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