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数は、合っていた rw+1,677

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以前、コンサートホールでアルバイトをしていたことがある。そのときの話を少ししてみようと思う。

最初に任されたのは、来場者数を把握するためのチケットチェックだった。入場口でもぎったチケットを集め、終演後に枚数を数えて主催者へ報告する。単純な作業だが、嫌いではなかった。ほとんどが女性スタッフで、雑談しながら机に積み上がったチケットを束ねていく時間は案外楽しい。私は、両手で山を崩しながら、十枚ずつ揃えていく感触が好きだった。

ある日、その中に明らかにおかしなチケットが混ざっていた。
水分を吸って膨れ、紙が波打ち、インクがにじんでいる。席番号はかろうじて読めるが、他のチケットとは触感がまるで違った。雨に濡れたのだろう、くらいに思い、特に気にせず作業を続けた。

数え終えた枚数は、当日の入場者数とぴったり一致していた。

コンサートホールのアルバイトには、演奏中にホール内へ入る仕事もある。私の持ち場は二重扉の脇で、体調不良の客をロビーへ案内したり、不正録音を見つけたらマネージャーに知らせたりする役目だった。実際に問題が起きることはほとんどなく、正直に言えば、無料で演奏を聴けるのが一番の楽しみだった。

その日はシューベルトの弦楽四重奏だった。
ゆったりとしたアダージョ楽章に入り、低音が静かにうねり始めた頃、旋律に混じって「ピン、ピン」という高い音が聞こえてきた。最初は舞台装置のきしみかと思ったが、音は規則正しく、しかも少しずつ鋭さを増していく。

鼓膜が痛くなり、思わず耳をふさいで視線を落とした。
足元に、透明な液体が一筋、床を流れていた。

ホールの床はわずかに舞台側へ傾斜している。液体はカーブを描きながら前方へ流れていく。その先で、私は一人の女性と目が合った。黒髪を短く刈り込んだ、二十歳前後に見える女性だった。青い照明の下で、やけに大きな瞳だけが印象に残った。

不思議なことに、恐怖はなかった。

それ以降、濡れたチケットを頻繁に見つけるようになった。どれも水を含んで膨らみ、決まってR側の同じ列の座席番号が印刷されている。私は無意識にそれらを避けるようになったが、数を数える段になると、必ず他のチケットと混ざっている。

それでも、枚数は合った。
何度数え直しても、必ず。

演奏中のホールに入るたび、R側の客席に目を向けたが、あの女性の姿を見ることはなかった。

半年ほど経ったある日、私はロビーでチケットもぎりをしていた。リハーサルの音がホールから漏れてくる中、不意に、あの「ピン、ピン」という音が聞こえた。

顔を上げると、彼女がいた。

髪型はおかっぱに変わっていたが、すぐにわかった。前髪が濡れている。水滴がぽたぽたと落ち、カーペットの上で小さく跳ねて「ピン」と音を立てていた。

その瞬間、私は妙に納得してしまった。
――やっぱり、濡れているんだ。

あとから考えればおかしい。カーペットの上で水滴が跳ねることも、あんな音が鳴ることもない。それなのに、その場では疑問が浮かばなかった。

勤務中、ロビーのカーペットに透明な水滴が残っているのを見つけることがあった。触ると、ただの水ではなく、わずかな粘り気がある。モップで拭いても、跡だけが残る。

マネージャーに相談したが、彼は首をかしげた。「どこ?」と言われ、指差した場所を見ても、彼には何も見えていないようだった。

その日、チケットの枚数を数えながら、私は初めて手が止まった。
帳簿上の数は合っている。
けれど、机の上の束を見ても、どうしても同じ数に見えなかった。

最後に、あの水の匂いについて触れておく。
言葉にしづらいが、冷たくて、どこか淋しい匂いだった。水というより、長く閉じられた場所の匂いに近い。

安っぽいホラーのように聞こえるかもしれないが、これは私が体験したことだ。
あの女性が何者だったのか、今でもわからない。ただ、あのホールで数えたチケットの枚数だけは、今でも思い出すたびに、合っているはずなのに、合っていない気がする。

(了)

[出典:2009/07/22(水) 02:31:49 ID:+r78dEHF0]

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