私は二十代後半の女性。学歴は高卒で、専門学校も途中で辞めてしまった。
最初の職場はコールセンターだった。そこでは、顧客データ管理システムに入力ミスが頻発するという問題が発生していることに気づいた。原因を調査してシステムの設計上のバグを突き止め、上司に報告したが、「大した問題ではない」と軽く流されてしまった。その態度に失望しながらも、何とか解決したいという気持ちが湧き、独学でJavaプログラミングを学び始めた。資格を取得するまでに多くの困難があったが、努力の甲斐あってIT業界に転職することができた。
しかし、そこではハードウェアの知識不足が原因で苦労し、バグ対応やテスト、設計作業に追われる毎日だった。月に百五十時間以上の残業が常態化し、夜遅くまでオフィスの明かりが消えないことが当たり前だった。また、退職していく先輩たちの後ろ姿を見るたびに、業務量の増加が避けられない現実に直面していた。特に、ある先輩が「これ以上は体がもたない」と告げて辞めていった日のことは鮮明に覚えている。そのような状況の中、心も体も限界を迎え、夜中に不安で眠れない日々が続いた。仕事に打ち込む日々の中で、自分には何が足りないのか、何を求めているのかと、繰り返し問い続けた。思い切って職業訓練所に入り、経理を学びながら日商簿記三級を取得した。そして事務職に転職したものの、派遣社員や正社員として働いた職場では、女性特有の陰湿な人間関係や上司の嫌がらせに悩まされることが多かった。
何度も職場を変えた末に、ようやく地元の小さな工場にたどり着いた。そこは家族経営に近い雰囲気の会社で、私が入社したときには六十八歳の先輩が退職する予定になっており、ほぼ引き継ぎなしで仕事がスタートした。それに加え、給料は二割カットされるなど、なかなか厳しい環境だった。それでも、ようやく長く働ける場所を見つけたのではないかという期待があった。
その職場には「姫」と呼ばれる六十六歳の女性事務員がいて、彼女は男性社員たちにやたらと慕われていた。しかし、私が入社すると、彼女は微妙に警戒するような態度を見せた。それでも営業部の男性社員たちとはすぐに打ち解けることができた。特に親しみやすい三人がいて、じゃりさん(近所のおじさんのような親しさ)、植田さん(冷静だが実は優しい)、柳さん(爽やかで礼儀正しい好青年)という面々だった。日常業務の合間に交わされる何気ない会話や、ささやかな励ましが心を支えてくれるようだった。
そんな和やかな職場と思っていたところ、ある日じゃりさんが「この会社、幽霊が出るんだよ」と言い出した。その時は、皆が笑いながら「またまた冗談でしょう」と軽く流した。しかし、じゃりさんの目には妙に真剣さが宿っており、場の空気に微妙な緊張感が走った。その後、本当に心霊現象が頻発し始めた。例えば、深夜に誰もいないはずのロッカーが勝手に動く音が聞こえたり、廊下で足音が響くなど、奇妙な出来事が相次いだ。また、事務所にいるときに背後に人の気配を感じて振り返ると、誰もいないことが頻繁に起こった。こうした出来事が重なるにつれ、社員たちは次第に怯え始め、事務所内で霊に関する話題が日常的に取り上げられるようになった。
私自身も奇妙な体験をしたことがある。営業部員が全員外出しており、事務所には私と姫だけの日のことだ。誰かが入口から入ってくる気配がして、じゃりさんだと思って声をかけたのだが、気配の主はすぐに外に出ていった。しかし、その後誰も戻ってきておらず、ドアの開閉音もしなかったことに気づき、背筋が凍った。その日の夜、帰宅後もその気配が頭から離れず、眠れないほどの不安を感じた。
心霊現象は収まることがなく、ついに社長が「霊媒師を呼んで清める」と宣言。社員たちは半信半疑ながらも、少し期待していた。霊媒師がやってきた日、私は少し遅れて参加したのだが、社内には何とも言えない緊張感が漂っていた。霊媒師は痩せた小柄な体格で、深い皺が刻まれた顔立ちからは長年の経験がにじみ出ていた。黒い袴と白い上衣を身にまとい、手には数珠を握りしめていた。その佇まいは厳粛そのもので、部屋に入るだけで空気が一変するほどの存在感があった。彼が静かに一礼した瞬間、社員たちは思わず息を飲み込んだ。霊媒師に「何か怖くない?」と聞かれたとき、その低く落ち着いた声に妙に心を見透かされたような気がした。その一言が胸に突き刺さり、今までの自分の行動や考え方を振り返らずにはいられなかった。
霊媒師によると、じゃりさんには色情鬼が、私には力の強いお坊さんの霊が憑いているとのことだった。それだけでなく、この土地自体が悪い気を呼び込む性質を持っており、私の霊感体質がそれをさらに引き寄せていると言われた。さらに「進学や仕事で思うようにいかなかった」など、過去の出来事を次々と言い当てられ、驚きとともに忘れかけていた苦労が蘇ってきた。
じゃりさんの色情鬼はすぐに祓われたが、私のお坊さんの霊は土地ごと清める必要があるとのことだった。お清めの儀式が始まると、柳さんが突然号泣してしまった。霊媒師によると、柳さんは霊感の強い家系で、修行すれば霊媒師になれる素質を持っているらしかった。その話に驚きつつも、儀式が進むと、不思議と私の心身が軽くなり、長年悩まされていた背中の痛みが消えていた。何か重い鎖が外れたような感覚で、その後の生活にも前向きな変化が現れた。
その後、会社を辞めることになった。業績不振によるリストラで、姫からも仕事を回されなくなり、どのみち潮時だったのだと思う。辞めた直後、駅前の占い師に「次の面接を大事に」と言われた。その言葉通り、転職情報サイトで見つけた会社の面接に全力を注いだ結果、今ではプログラミングスキルを活かして働くことができている。
転職後の環境は以前よりも格段に良く、仕事のやりがいを感じる毎日を送っている。たとえば、これまで経験がなかったチームプロジェクトで新しいプログラムの設計に携わる機会を得たことが大きな挑戦だった。同僚たちと意見を交わし、試行錯誤を重ねながら完成させたプログラムが、クライアントから高い評価を受けたときには達成感で胸がいっぱいになった。また、上司からも努力を認められ、プロジェクトリーダーを任されることになった。こうした経験を通じて、自分のスキルが評価される喜びや、仲間と共に成果を上げる楽しさを実感している。
霊媒師との出会いは、私にとって人生の転機だった。あの経験を経て、少しずつ自分を信じられるようになった気がする。過去の自分を受け入れ、未来に向かって歩む勇気を与えてくれた出来事だった。
[出典:1: 名も無き被検体774号+ 2014/08/02(土) 00:19:13.64 ID:h3IBLmhC0.net]