印刷会社で校正の仕事をしている。
原稿と刷り上がりを突き合わせ、誤字脱字や行数、ページ数を確認する。神経質な仕事だが、数字が合うと気分がいい。世界が正しく閉じる感じがする。
ある日、学校教材の冊子を担当した。英語の小テスト用プリントで、一クラス三十二人分を想定した構成だと聞かされていた。表紙一枚、設問三枚、解答用紙一枚。合計五枚構成。それを三十二部。単純な計算だ。
刷り上がった束を数えた瞬間、違和感があった。
百六十一枚。
五×三十二は百六十だ。端数が一枚ある。よくあるミスだと思い、刷り直しを指示した。機械の癖、紙送りのズレ。原因はいくらでも考えられる。
刷り直し後、もう一度数えた。
百六十一枚。
内容を確認した。余分な一枚は、表紙でも設問でも解答用紙でもなかった。無地だ。だが完全な白ではない。うっすらと、文字の影のようなものが残っている。版下に存在しないはずの痕跡だ。
担当営業に確認した。「クラス、三十二人で合ってますよね」
営業は即答した。「ええ。名簿も確認済みです」
その日の帰り、念のため学校に直接電話を入れた。事務の女性が応対した。
「一年二組の人数ですが、三十二名で間違いありませんか」
一瞬、沈黙があった。
「……その件、以前も問い合わせがありました」
声が少し低くなる。
「毎年、同じ質問が来ます。でも、名簿上は三十二名です」
理由を聞こうとしたが、女性はそれ以上を語らなかった。ただ一言だけ付け加えた。
「余った分は、必ず処分してください」
念押しするような口調だった。
数日後、工場から返送された余剰紙の束を裁断機にかけた。百六十枚は問題なく落ちた。最後の一枚を置いた瞬間、機械が止まった。
安全装置の誤作動だと思い、紙をどかそうとした。そのとき、紙の裏側に印刷があることに気づいた。
細い文字で、英語の例文が一行だけ。
I am here.
意味は、考えないようにした。
翌日、その学校から追加発注の連絡が来た。前回と同じ内容、同じ部数。
私は断った。体調不良を理由にした。
その数週間後、別の印刷会社が同じ仕事を受けたと聞いた。校正担当が、初日に倒れたらしい。原因は不明だが、意識を失う直前、意味のわからないことを叫んでいたという。
「数が合わない」と。
それ以来、仕事で数字を確認するたび、頭の片隅で数えている。三十二の次に、もう一つがないかどうか。
今夜も机の上に、注文書が一枚多く置かれている気がする。数え直しても、合っているはずなのに。
[出典:76 :2012/06/15(金) 03:47:12.13 ID:J4ibncVXO]