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赤い鎖の夜 r+8.981

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中学生の頃、俺は山奥の古い家に住んでいた。

今はもうじいさんとばあさんがそこに住んでいるけど、あの家を思い出すと胸の奥がじっとりする。
壁はひび割れ、雨の日には屋根裏が獣の匂いで満ちる。携帯は完全圏外。ときどき壁と壁の間に野良猫が迷い込んで鳴き、何日も出られなくなるような家だった。

その地区は本当に不便だった。コンビニも自販機もない。夜になると、山の向こうから吹き降ろす風と虫の声だけがあたりを満たす。俺ら子どもは仕方なく山に登って秘密基地を作ったり、廃材でブランコをこしらえたりして遊んでいた。
でも、どこか全体に湿った空気があった。老人たちはやけに口うるさく、夜のことになると声をひそめる。その理由を当時の俺は深く考えようともしなかった。

家の隣には、小さな祠があった。苔むした石を積み上げ、色あせたしめ縄が垂れ下がっている。形ばかりのものではなく、妙に圧がある。誰も掃除をしていないのに、草は祠の周りだけ薄くなっていた。
少し離れた場所には《神様の手形》と呼ばれる石もあった。表面に七本指のような跡が浮かび上がっている。理由を聞いても、みんな笑ってごまかすだけだった。

地区の最奥には、小さな神社があった。昼間でも木々が陽を遮り、境内はうす暗い。赤い鉄製のブランコが一基、風に揺れてギイギイ鳴る。塗装は剥げ、鎖の一部は錆で膨らんでいる。そこだけ時間が止まったような場所だった。
不思議なことに、この神社とその周辺は「日暮れ以降は立ち入り禁止」という決まりがあった。夕方六時を過ぎると、近くに住む者は外出を禁じられ、家の戸を固く閉める。小さい頃から当然のように守ってきた決まりだが、その理由を知る者はいなかった。

けれども、中二の俺は調子に乗っていた。自分だけは何をしても平気だと信じていた。
ある年の夏、十三日の金曜日。夜中の一時、俺は家を抜け出した。理由はない。ただ、あの神社が夜にどうなっているのかを見てみたかっただけだ。
手にはなぜか携帯の充電器を握っていた。今思えば意味不明だが、その時は全く気にしなかった。

鳥居の前に立った瞬間、背骨の芯が冷えた。境内には長く伸びた雑草、赤いブランコの軋む音、土に沈みかけた小さな子どもの靴。そして、お賽銭箱に立て掛けられた日本刀。
刃は鞘に収まっていたが、そこにあること自体が異様だった。なぜこんな場所に――そう思いながらも、なぜか足は鳥居をくぐってしまった。

まずはブランコの横を通る。暗がりの中、赤い座面がゆらりと動き、鎖の音が耳の奥を刺す。次に、土に埋もれかけた靴をまたぎ、日本刀の前に立った。本物だろうか……そう思って手を伸ばしたとき、耳が何かを捉えた。
風の音に紛れて、小さな声が混じっている。囁きとも呻きともつかない音。心臓が跳ね、辺りを見回す。けれど何もない。

おかしいことに気づいたのはその時だ。懐中電灯がつかない。行きの道では灯っていたのに、何度スイッチを押しても沈黙したままだった。
さらに、神社の隣にある家の明かりが消えていた。そこに住む兄ちゃんは暗闇が嫌いで、一日中電気を点けているのに。理由がわからず、体の中で冷たい汗がじわりと広がった。

帰ろうとした瞬間、視界の端に何かが立っていた。
袴のような衣服を着た、人のようで人でないもの。男か女か判別できず、顔も肌も真っ黒に塗りつぶされたように見える。
そいつはズルズルと何かを引きずりながら近づいてきた。俺は金縛りにあったように動けない。鼻先が触れそうな距離まで来ると、充血した目で俺を見据え、口を開いた。

「……、……」

何かを呟いていたが、意味は分からなかった。声は耳からではなく、直接脳の奥に流れ込んでくるような感触があった。
その瞬間、膝から力が抜け、世界が暗転した。

気がつくと、自分の布団に横たわっていた。顔の上には地区の年長者たちの影。目が合った瞬間、ひとりが怒鳴り声を上げ、拳が飛んできた。頬の痛みと同時に涙が溢れた。
ばあちゃんは青ざめた顔で何も言わない。理由を問う勇気はなかった。

それからというもの、神社には近づいていない。
けれど、引っ越すまでのあいだ、毎晩のように夢であいつが現れた。布団のすぐ横に立ち、充血した目で俺を見下ろしている。目が覚めても、しばらくは視線が残っている気がした。

余談だが、数年前、物置の奥から古びた子どもの靴が出てきた。あの神社で見たものの片方とそっくりだった。手に取った瞬間、指先が冷えて震えが止まらなくなった。
赤いブランコは今も残っているらしい。できることなら、あの鎖の音を二度と聞きたくない。

(了)

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