大学のサーバールームでアルバイトをしている僕は、学内の古いデジタルアーカイブを新しいシステムへ移行する作業を任されていた。
作業の大半は自動化されたスクリプトが処理する。僕の役目は、稀に吐き出されるエラーログを確認し、指示通りに処置を行うだけだった。
深夜、移行作業は最終段階に入っていた。対象は、すでに利用者のいない学内SNSの初期バージョンだ。その中に、削除対象から外された非公開コミュニティが一つだけ残っていた。規定に従い、僕はそのまま新サーバーへ複製する処理を開始した。
数分後、コンソールに警告が表示された。
[WARN] Source object 'replica_07' appears to be a recursive instance.
Metadata mismatch. Verification failed.
再帰的なインスタンス。
意味は分からなかったが、マニュアルに該当項目があった。整合性チェックを強制実行し、結果を待てとある。僕は指示通りコマンドを叩き、進捗バーが表示されたのを確認して椅子に深く腰掛けた。
いつの間にか、意識が途切れていた。
目を開けると、室温がわずかに低い気がした。冷却ファンの音は変わらない。それでも、何かが違っている。
モニターに、見覚えのないウィンドウが開いていた。
古いSNSのチャット画面だった。
相手はいない。履歴もない。入力欄の中央で、短い文字列だけが点灯と消灯を繰り返している。
<ACCEPT>
ただ表示されているだけだ。それ以上でも以下でもない。
外部ネットワークは遮断されている。誰かが介入する余地はない。僕はウィンドウを閉じようとした。
カーソルが動かない。
キーボードも反応しない。
画面の中央に表示されたアバターに、ようやく違和感を覚えた。それは、このSNSで使われていた、ありふれた人物アイコンだった。だが、その視線が、画面のこちら側と合っていた。
背景に映るサーバールームの映像が、少し遅れて追従している。ラックの位置が微妙にずれ、天井灯の配置が合わない。現実と一致していないのに、間違いとも言い切れない。
進捗バーが、止まっていた。
コンソールから短い電子音が鳴り、画面が一瞬暗転した。 <ACCEPT>の文字だけが残り、その直後、ウィンドウは消えた。
すべての処理は正常終了していた。警告もエラーも残っていない。
僕はログを確認した。
非公開コミュニティの管理者アカウントは、数時間前に自動削除されていた。理由の欄には、こう記されている。
実体が存在しないため。
作業報告を終え、サーバールームを出るとき、静電気のような匂いが一瞬だけ鼻をかすめた。気のせいだと思った。
それからしばらくして、自分のPCのデスクトップに見覚えのないファイルがあることに気づいた。
replica_07.dat。
作成日時は、その夜と一致している。
削除しようとしても、選択できない。
開いたことはない。
開く、という選択肢が、最初から用意されていない気がする。
(了)