夢の話をすると笑われるのが嫌で、ずっと一人で抱えてきた。
子どもの頃から、何度も同じ夢を見ては、目覚めた瞬間に内容を失ってしまう。確かに「またこの夢だ」と夢の中では気づいているのに、朝には真っ白だ。残るのは胸を締めつける喪失感と、吐き気と、こめかみに釘を打たれたような痛みだけだった。
去年、一度だけ勇気を出して手帳に書き留めた。線を間違えないよう、細かい字で。引き出しにしまい、仕事に出て、帰宅して見返した時には、そこだけ綺麗に破り取られていた。紙屑はどこにもなかった。代わりにカレンダーに赤い丸をつけ「不思議夢」と書いた。
翌朝、カレンダーは数年経ったように茶色くくすんでいた。赤丸も文字も霞んで、触れると指にざらつきが残った。
引っ越す時、重たい本棚をどけた壁の真ん中に、自分の字で並んでいた。「元の時代に帰りたい帰りたい帰りたい殺さないで戻して!戻して!!戻して!!!」と。最初は爪先で書いたような小さな文字、途中から鉛筆を折る勢いの殴り書き。下段には、見たことのない国の文字が蛇のように連なっていた。書いた覚えはない。夜中にあれを動かしたなら、私は何者なのか。
記録を残そうと携帯で撮った。だが、シャッター音の直後に電源が落ちた。親戚二人も同じだった。電源が戻っても、写真はどこにも保存されていなかった。
引っ越しの前、雑巾で壁を拭いたら、驚くほど容易く消えた。消えた途端、夢の残滓まで拭き取られたように頭が軽くなった。
それでも、ある日の記憶が抜け落ちない。心療内科の待合室で、真っ白なフリルの服に人形を抱いた女が、どこの国ともわからぬ言葉で歌っていた。綺麗な旋律なのに耳の奥がざわついた。視線がこちらに移り、女は笑った。
「懐かしいでしょう?あなたが昔歌ってたわ。身分違いの恋をしたから、嫉妬されて地獄に突き落とされたのよ」
声は歌声とは別人のものだった。母親らしき人が慌てて謝ったけれど、謝罪の意味を私は受け取れなかった。
以来、夢は一度も見ていない。だが、胸の奥の空洞は埋まらないままだ。カレンダーに囲った赤丸の跡だけが、いまも指先に残っている気がする。
[出典:789 :本当にあった怖い名無し:2011/07/25(月) 23:19:52.27 ID:Fykhyl2UO]