ある男が、ひとりで登山に出かけたまま、姿を消した。
場所は山岳信仰が根強く残る、山間のひっそりとした地域だった。初めは捜索隊も希望を抱きながら捜索を続けていたが、時間が経つにつれて、何の手がかりも見つからなかった。その男は、まるで忽然と山の中に飲み込まれたかのようだった。
三年後、ようやくその男の遺骨が発見されることとなった。発見場所は湿地帯の奥深く。無事に発見された遺骨のすぐ近くには、彼のものと思われる持ち物が散乱していた。その中には、なんとも不気味な遺留品がひとつ――古びたテープレコーダーが含まれていた。
そのテープを再生した時、録音されていた声は、あまりにも衝撃的だった。声の主は、明らかに男であり、何度も助けを求める叫び声が録音されていた。どうやら、その男は何かの怪我で動けなくなり、助けを求めていたらしい。しかし、録音の内容が、単なる助けを呼ぶ声だけで終わらなかったことが、後に関係者を震撼させることとなる。
報道機関により、このテープの内容は公表されたが、遺族や警察関係者は、決してその一部を公開しなかった。テープには、助けを求める声以外のものも録音されていたのだ。それは、男が恐怖におののいている声であり、深夜に何かが迫っているような内容が語られていた。
一日目
「夜になると……人の声がする……」
男の声は息も絶え絶えに続けられた。「呼ぶ声がする……誰もいないはずなのに……こんな夜中に、誰もいないはずなのに……」
男の声には、強烈な不安と疑念が込められていた。彼の視界の中には、真っ暗な山々しかないはずなのに、誰かが自分を呼んでいるという不安に押しつぶされそうになっているようだった。
二日目
「助けて……」
その声は、日に日に切迫感を増していった。「声がする……夜になるとあいつがやってくる……暗闇の中から、呼んでいる……昨日よりも、ずっと近くに……」
その声には、もう自分が何者かに追われているという確信が感じられた。明らかに何かにおびえている様子だった。
「おそろしい……お願い、助けて……」
彼の声は涙をこらえるように震えていた。恐怖で耐えられなくなった男は、テープに向かって、ひたすら助けを求めていた。誰かが助けてくれることを信じ、何度も願った。
三日目
男の声はもう、必死そのものだった。
「近くまで来ている……助けて……」
その声は、まるで命がけで何かを訴えかけているようだった。「人が……ヒッ……怖い……近くまで来ている……」
彼の言葉は続かない。息が上がり、恐怖に引き裂かれるように声が震えている。「お願い、助けて……お願い……」
声の響きが徐々に不明瞭になり、切羽詰まった叫びが続いた。「呼んでいる……誰も……」
何度も、何度も叫ぶが、テープの向こうには応答がない。その後、音声は途切れ、急に音がなくなった。録音はそこで終わっていた。
警察がテープを詳しく解析したところ、最も不気味な部分が明らかになった。テープの内容に不審な点があったのだ。三日目の録音が最後のものとなったが、それが切れる直前、録音された音は明らかに異なっていた。男の声ははっきりと録音されていたが、その最後の音声の直後に、別の声が混じっていた。それは、男のものではない、全く異なる人間の声だった。
分析班も驚愕した。テープが録音された時点では、周囲に他の人間がいる気配はなかった。だが、最後の部分で録音されたのは、男とは別の存在の声がはっきりと入っていたのだ。それも、耳元で囁かれるように聞こえた。とても近くから、その声は発せられていた。
「オイ」
ただ一言、はっきりと録音されていたその声は、男の命が尽きようとしているその瞬間に、耳元でささやかれたようだった。どこからともなく現れたその声に、男は恐怖に震えたのだろうか。最期の瞬間、彼はその声を聞いたのだろうか。
それ以来、誰もその山に足を踏み入れなくなった。男の遺体はすでに収容され、捜索は終了したが、テープに録音された謎の声だけが、今もその山の中で語り継がれている。