これは、かつて兄の友人に起きた話だ。
三つ年上の兄には親しい友人がいた。同じ短大に通うその人物は、朗らかで誰からも好かれるような人だった。二年前の正月、その友人が家に泊まりに来たとき、私も少し会話を交わしたが、柔らかな笑顔と穏やかな声が印象に残っている。夜遅くまで兄と話し込む声が聞こえ、眠れないと苛立ちながらもどこか羨ましく思えた。
翌日の夕方、その友人は電車で帰ると言い、家を出た。夕飯後、私は部屋でのんびり過ごしていたが、居間から聞こえる慌ただしい声に足を止めた。父母は電話を手に焦り、兄は涙目で携帯を握りしめていた。驚いて母に尋ねると、「兄ちゃんの友達が家に帰っていない」と震える声で答えた。
家から友人の家までは電車で二十分もかからない距離だ。それなのに、どうして?
その夜、家族の不安は募るばかりだった。翌日以降も連絡はつかず、彼の携帯はなぜか別の番号に変更されていた。手掛かりは何もなく、時だけが流れていった。
一年ほど経った頃、静かな夜に母の電話が鳴った。その声に応える母の表情が、みるみるうちに青ざめていく。やがて震える声で、涙を滲ませながら話し始めた。「兄ちゃんの友達が…N県の山中で見つかったって。白骨化した状態で…」。
彼の身元が判明したのは、近くに落ちていたカバンの中に学生証があったからだという。
私たちの家はA県にある。N県は電車でも何時間もかかる遠方だ。なぜ彼はそんな場所で発見されたのか?自らの意志でその地へ向かったのだろうか、それとも何者かに連れ去られたのだろうか?
思い返せば、あの日、彼の笑顔には少しの影も見えなかった。楽しそうに兄と語り合っていた声も耳に残っている。もし、いなくなることを知っていたら、全力で止めていただろう。だが、あのときは誰も気づけなかった。
家族全員が深い喪失感に苛まれた。兄は部屋に閉じこもり、父母もほとんど口を開かなくなった。私自身も悔しさと恐怖で心が埋め尽くされ、二日間何も口にすることができなかった。
それ以降、この出来事は家族の間でほとんど話題に上ることはなかった。不思議なことに、地元のニュースにはならず、友人の失踪や発見が公に語られることもなかった。まるで彼の存在自体が、この世から静かに消えていったかのように。
(了)
[出典:802: 本当にあった怖い名無し 2009/08/10(月) 01:29:11 ID:0NUEM5QHO]