子供の頃、埼玉との県境に近い場所にある古い団地に住んでいた。
いわゆるニュータウンの成れの果てで、建てられた当初は相当な世帯数があったらしいが、私が物心ついた頃にはすでに空き部屋が目立ち、夜になるといくつかの棟は窓の明かりが一つも点かない状態だった。
その団地では、なぜか迷子が頻繁に保護されていた。噂ではなく、実際に警察が来る光景を何度も見ている。保護される子供は年齢も服装もばらばらで、同じ学校や近所の子というわけでもなかった。中には明らかに他市の名前を口にする子もいたらしい。
当時は不思議とも思わなかった。団地は広く、棟の配置も似通っている。迷い込む子供がいてもおかしくない。そう納得していた。
ただ、一つだけ妙な共通点があった。
迷子が見つかる場所は、ほとんど決まっていた。
団地の奥、使われていない別棟。その二階だった。
その棟は、私たちが住んでいた棟から少し離れていて、通路も草に覆われがちだった。二階以上は全戸空室で、管理会社も事実上放置していたと聞く。親からは「近づくな」ときつく言われていた場所だった。
私の父も、一度そこで迷子を保護している。
幼稚園くらいの女の子で、夕方、二階の廊下にしゃがみ込んで泣いていたそうだ。父が声をかけると、その子は扉を指さしてこう言った。
「ピンポン押しても、入れてくれないの」
父は一瞬、聞き返したという。その部屋には誰も住んでいない。ドアノブには紙が貼られ、郵便受けも封鎖されていたはずだった。
それでも女の子は、確かにその部屋のインターホンを指していた。
父は内心ぞっとしながらも、しゃがんで目線を合わせ、ここには人がいないこと、警察に行こうということを説明した。女の子は納得した様子はなかったが、泣きながらも頷いたという。
そのとき、背後で音がした。
「ブツッ」
インターホンが切れるときの、あの短く鈍い音だった。
父は振り返った。誰もいない廊下。押された形跡のないインターホン。女の子はその音を聞いた瞬間、肩を震わせて泣き出した。
「怒られた…」
そう呟いたのを、父ははっきり覚えている。
女の子は、それまでずっとインターホン越しに叱られていたという。
悪い子は入れない。
いい子にするか。
言うことを聞かない子は駄目だ。
低い声だったのか、高い声だったのか、女の子はうまく説明できなかった。ただ「中の人」に向かって、何度も謝ったと言っていた。
父はそれ以上その場にいられず、女の子の手を引いて団地の外まで連れて行き、交番に預けた。警察が来たあとも、父はその棟を見ようとしなかった。
その話は、家ではずっとタブーだった。
私自身も、幼い頃にその棟の階段で遊んでいたことがある。理由は覚えていない。ただ、階段の踊り場が妙に静かで、声が吸い込まれる感じがして、居心地が悪かった記憶だけが残っている。
その時、父と母に見つかり、今まで聞いたことがないほど激しく怒鳴られた。
「そこに行くな」
理由は一切説明されなかった。ただ、それ以来、あの棟の話題を出すと空気が固まった。
三年ほど前、帰省した際に、酒の勢いもあって父にあの時のことを聞いた。最初は誤魔化していたが、しばらく沈黙したあと、ぽつりと話し始めた。
迷子は、あの女の子だけじゃなかったという。
何人もいた。
全員、二階。
全員、インターホンの前。
そして、共通していたのは、誰も「どうやってそこに来たのか」を説明できなかったことだった。
家に帰る途中だった。
遊んでいたらいつの間にかいた。
気づいたらここだった。
親の名前や住所は言えても、道筋だけが抜け落ちている。
私が冗談半分に聞いた。
「保護されなかった迷子も、いるんじゃないの?」
父は、顔をしかめた。
否定もしなかった。
ただ、こう言った。
「あそこに入らなかった子だけが、帰ってこれたんだと思う」
団地はその後、再開発で取り壊された。更地になり、今は新しいマンションが建っている。迷子の話も、もう聞かない。
それでも、インターホンの切れるあの音だけは、今も耳に残っている。誰もいないはずの部屋が、今もどこかで子供を選んでいる気がしてならない。
[出典:62 :本当にあった怖い名無し:2011/05/21(土) 06:42:48.60 ID:gBdPZrlt0]