中編 ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

元カレの訪問【ゆっくり朗読】6000

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 今の彼女と付き合いだしたばかりの頃の話。

887: 元彼 投稿日:2009/07/21(火) 12:15:57 ID:ZfBhv75q0

当時俺は学生で、彼女は就職し一人暮らしをしていた。

当然のように彼女の部屋に上がり込み半同棲状態に。

彼女には俺の前に付き合っていた元彼がいた。

その元彼は今でも彼女のことを引きずっているようで、しつこく電話を掛けてきたり、部屋の前で待ち伏せをする事もあった。

「俺がそいつと話そうか?」と進言するも

「ダメダメ、あいつ体おっきいし何するか分かんないよ」

「警察に言った方がいいんじゃない?」

「んー、一応前付き合ってた人だし、私のせいで犯罪者にするのもね」

彼女に危害を加える様子はないとの事なので、それ以上無理強いはしなかった。

お盆休み、彼女は実家に一週間帰省した。

「私いない間部屋にいていいよ」

そう言われてた。

俺も実家に戻ればいいのだが、まるで自分が一人暮らしをしているようで嬉しかったのと、ゲーム機を彼女の部屋に持ってきていた事もあり、遠慮なく寝泊りさせてもらう事にした。

その日は彼女の誕生日の前日だったが、帰省中と重なる為お祝いできない。

せめてメールだけでもと、十二時にお祝いメールを送る事にした。

夜までずっとゲームをしていた。

暑かったのでエアコンをつけ、電気はテレビの明かりだけだった。

かなりゲームに熱中していた時

”ピンポーン”

突然チャイムが鳴った。時計を見ると十一時半。

誰だこんな時間に、そう思ったが世帯主でない俺は当然居留守を使う。

”ピンポーンピンポーンピンポーン”

常識のないやつだな、何時だと思ってんだ?

”ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン”

しつこいな、誰もいないんだよ!

ドンドンドンドンドン” さおり、オレー、いるんだろ?”

!!!元彼の奴だ!!!

しまった!彼女の誕生日だからお祝いに来たんだ!

見つかるとどうなるか分からない、とにかくここはやり過ごそう。

ポーズボタンを押し、コントローラーを握ったまままんじりともせず、諦めて帰るのを待った。

奴はかなり粘ったが、十二時を過ぎた頃コツコツと足音が遠ざかって行くのが聞こえた。

多分日付が変わると同時にお祝いしたかったのだろう。

もう大丈夫と思い彼女にメールするつもりで携帯を手にした。

”ギシギシ ギシギシ”

窓の方からなにやら軋む音が聞こえる。

俺はぞっとした。嘘だろ?ベランダに登ってくる気か!

この部屋は二階なので、雨樋をつたえば簡単に登れる。

とっさにテレビを消し、ベットの影に隠れた。

その直後、タンという音と共にシルエットがカーテンに写る。

シルエットはうろうろと動きまわり、カーテンの隙間から中を覗こうとしているようだった。

”ドンドンドン いるんだろ?開けてくれよ”

奴は小声で呼び掛けてきた。

なんでいるって分かるんだ?ああ!エアコン入れっぱなし!

ベランダでは室外機がブンブン回っているはずだった。

何度も何度も窓を叩き呼びかけてきたが、一向に出てくる気配のない事に痺れを切らしたのか、ガタガタとサッシを持ち上げ始めた。

それ位で外れるはずはないと思いつつも心臓はバクバクだった。

いくらやっても開かないので諦め、ドンと窓を叩き、奴は再びギシギシと雨樋を下りていった。

つかの間静寂だった。

ベランダまで登ってくる奴の事、これ位で帰るはずがない。

そっと玄関へ行き、ドアスコープを覗いた。

心臓が止まるかと思った。

レンズには男の横顔がどアップで映っていたからだ。

奴はドアに耳を当てて聞き耳を立てていた。

微動だにできず、レンズから目を離すこともできなかった。

奴はしばらく中の様子を伺った後、徐に屈み込んだ。

パタンという音とともに郵便受けが開いた。

やばい!いくら郵便受けに傘が付いているとはいえ、真正面は見えなくても下側は覗き見ることができる。

気付かれないよう、見えるであろう片足を慎重に上げそっと壁に付いた。

すると今度は郵便受けからグググとごつい手が出てきた。

どこから持ってきたのか手には曲尺が握られている。

そいつでどうするつもりだ?その手を凝視した。

手は器用に動かされ、曲尺は鍵に向かって伸ばされた。

その様子から目が放せなかった。

曲尺は何度も鍵をかすめ、ペチペチと音を立てた。

俺の体はフルフルと震えていた。

息を殺し、変な格好をし続けたせいで体力は限界だった。

「鍵も開けられるかも知れない、時間の問題だ。」

「どうする?どうすれば良い?」

俺は必死に考えた。

「警察に電話する?警察がきたらどう説明するんだ?」

「奴は捕まる?いや奴は俺が不審者と言うに決まってる。」

「奴は逃げる?俺は奴を知っている。」

「警察に突き出す?彼女はどう思うだろう。」

「いっそ戦うか?奴は俺を見るときっと怒り狂う。」

「俺が勝てるか?台所に包丁がある。」

「そんな事したら、絶対刺さなきゃいけない状況になるんじゃ?」

「どうする?どうする?」

パニックになった。

考えても考えても、最善と思える策が思いつかない。

何度も盲牌を繰り返した曲尺は、確実に鍵を捕らえている。

焦りと恐怖と疲労がピークに達し、決断せざるを得なかった。

ガン!

俺は思いっきり曲尺を持った手を上から蹴り下ろした。

それと同時に、掛かっていなかったチェーンロックを速攻で掛けた。

奴は慌てて郵便受けから手を引き抜いた。

辺りはシーンと静まり返った。

が、次の瞬間

ドーン!という凄まじい音が、マンション中に響いた。

奴は怒り、ドアを蹴りだしたのだ。

俺は呆然と玄関に座り込み、ドーンと振動するドアを見続けた。

ドーン!

音がする度、体がビクついた。

けたたましい喧騒の中、どこかのドアが開く音が聞こえた。

住人が何事かと出てきたのだろう。

その瞬間、奴が廊下を駆け出し階段を下りて行くのが分かった。

ドアスコープを覗いてみると、もうそこには誰もいなかった。

あれだけの音を立てたのだ、不審者がいれば誰かが通報するだろう。

奴もそう思うに違いない。

きっと今日はもう来ない。

俺はぐったりとベットに倒れ込んだ。

帰ってきた彼女に事情を説明し、早急に引っ越すよう頼んだ。

ただ彼女の気持ちを考え、昨夜の出来事の全ては話さなかった。

引越しと同時に彼女は携帯も変えた。

元のマンションとは違う町に引っ越したが、何らかの方法で新居を見つけ出すかも知れない。

どこかで偶然出会う事があるかも知れない。

人混みに出かける時は怖いが、今のところは鉢合わせはしていない。

(了)

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