中編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

【江戸川乱歩】人でなしの恋(現代文リライト版)【ゆっくり朗読】

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あなたも門野を知っているでしょうか。彼はもう10年前に亡くなった私の夫です。あれからこんなに時が経つと、彼のことを思い出しても他人みたいで、あの出来事もまるで夢だったのではないかと感じるくらいです。私が門野家に嫁いだ理由は、簡単に言えば、お互いに恋していたわけではなく、お見合いを通じての結婚でした。私はその時、ただうなずいて結婚を承諾したのです。

門野のことは、地元での評判や家の事情を知っていましたが、彼の性格については様々なうわさを耳にしていました。彼はとても美男子で、美しさには何とも言えない重厚さや陰気さがありました。そのような彼なので、彼が他の美しい女性と付き合っているのではという疑念や嫉妬も感じていました。また、彼は変わり者としての評判もあり、女性をあまり好まないという噂さえあったのです。しかしこれらの噂は、私が結婚前に過度に心配していたのかもしれません。

あの頃の私の感情や心境を思い出すと、微笑ましいと感じます。一方で不安を抱えながらも、新しい服を選んだり、家での準備に忙しくなったりと、結婚を前にしてのわくわくした気持ちが私を満たしていました。

私は、彼の持つ独特の魅力に心引かれていました。また、彼のような性格の人は、深い愛情を持っているのではないかと信じていました。結婚式の日、私たちの結婚行列は、私の住む町では非常に立派なものでした。しかし、その日の私の気持ちは、言葉で説明するのが難しいほど、緊張と興奮に満ち溢れていました。

どうなったのか、とにかくすごい勢いで結婚式が終わったことを覚えています。初日や二日目に、夜に寝たのかどうか、義父や義母はどんな人たちなのか、家の中には何人の家事手伝いがいるのか、挨拶もしたけど、すぐに忘れてしまうほど頭が混乱していました。そして、旦那さんとドライブに出かけ、彼の背中を見ながら走る車の中で、これは夢なのか、現実なのかと感じていました。ところで、本題から話が逸れてしまいましたね。

結婚式のバタバタが終わったあと、予想していたよりもずっとスムーズに過ごせることに驚きました。旦那の門野は、噂には変わり者と言われていましたが、私にはとても優しかったです。彼の家族も、私の母が事前にアドバイスしてくれたことは全く必要なかったほど、とても良い人たちでした。特に、彼は一人っ子なので、気を使うことも少なく、結婚生活は思ったよりも楽だと感じました。

しかし、彼の真の性格については、一緒に住み始めてから少しずつわかってきました。彼は、外見だけでなく、内面も私にとっては非常に魅力的でした。彼の独特の雰囲気や深い考え、その繊細な美しさに、私は完全に夢中になってしまいました。

私の人生はまるで一変しました。今までの19年間を実際の世界とするなら、結婚してからの半年間は、まるで夢の中やおとぎ話の世界にいるようでした。誰もが結婚生活は大変だと言いますが、私の場合は全くその逆でした。それもそのはず、彼は私をとても大切にしてくれました。それを信じきっていた私は、彼の深い愛情に気づくことができませんでした。しかし、その愛情には実は深い理由があったのです。

「なんだか変だな」と感じたのは、結婚してから約半年後でした。今思えば、その頃、門野さんの愛情が少しずつ薄れていったようです。そして、何か新しい魅力が門野さんを引きつけていったのかもしれません。

私は、男性の愛情がどういうものか、よく知りません。しかし、ずっと門野さんのような愛情が最高だと信じていました。でも、だんだんと彼の愛情に何か違うものを感じるようになりました。彼の愛情の表現が、形だけで心がないように思えました。彼が私を見つめる目に、他の何かを追い求めるような距離を感じました。彼の愛の言葉も、どこか冷たく、機械的に聞こえることがありました。しかし、そのときは、彼が他の誰かに心を移しているのではないかと思いました。

疑問というものは、一度思い始めると、すぐに大きくなります。彼の一言や行動が疑わしく感じるようになりました。確かな証拠を探しても見つけられませんでした。彼が家を空けるときの行き先は大体知っていますし、彼の日記や手紙、写真をこっそりと調べても、彼の気持ちを確かめる手がかりはなかったのです。自分が無駄に疑ってしまっているのではと思いました。しかし、彼が私のことを忘れて一人で物思いにふける姿を見ると、やはり何か隠しているのではと思ってしまいます。

そして、彼が以前好きだった家の裏の土蔵での読書を、半年ほどやめていたのに、最近また頻繁にしていることに気がつきました。このことに意味があるのではないかと感じました。

私が土蔵の二階で夫を監視することは、少し変わっていると思うかもしれません。でも、特に変な理由があるわけではありません。私は夫の動きや持ち物を気にかけ、何か変わったところはないかと注意深く見てきました。しかし、彼の行動や持ち物に特別な変化は見られませんでした。一方で、彼の愛情や彼の考える目、時には私の存在さえ忘れるような様子に疑問を感じていました。そうして土蔵の二階を疑うしか手がかりがなくなったのです。

不思議なのは、夫が土蔵に行くのは夜中であり、私の横で寝息を立てているのに、こっそりと出て行ってしまうことです。縁側から見ると、土蔵の窓には明かりが灯っています。なんとなく不気味に感じることが度々ありました。

結婚したのは春の中頃で、夫を疑い始めたのはその秋でした。夜、夫が縁側で月を眺めている姿を見て、なんとなく不安になったのが疑惑の始まりでした。そして、その疑惑は深まり、ついに私は夫の後を追って土蔵の中に入ることになりました。

夫の愛情が真実でないことに気付き、私は驚きとともに疑惑と嫉妬の感情にとらわれました。しかし、最初から土蔵が怪しいとは思っていませんでした。ただ、疑惑に悩んで、何か手がかりを見つけたくて土蔵に忍び込みました。

母屋では家族や使用人たちがもう寝ていました。田舎の家は静かで、真っ暗で少し怖かったです。土蔵には特有の冷たくてカビ臭い匂いがして、本当に恋の力でなければ、私はこんなことはできなかったでしょう。

慎重に土蔵の二階の階段を上っていくと、ドアがしっかりと閉まっていました。どうしたらよいのか悩んでいると、その時、とても恐ろしいことが起こりました。

その夜、私がなぜ蔵の中に入ったのかは、正直不思議です。夜中に蔵の二階で、何もないと分かっていたのに、妙な不安感から、つい中に入ってしまいました。もしかしたら、直感や何かの兆しで動かされたのかもしれません。世の中には、理解できない出来事が時々起こるものです。その時、私は蔵の二階から、男女の話し声を聞きました。男の声は明らかに門野さんのもので、でも女の声は誰のものか分かりませんでした。

予想していたことが現実になった時、経験の浅い私は驚き、怖くて、涙が出そうになりました。それでも、上での話を無視することはできませんでした。
「こんな関係を続けると、私、あなたの奥さんに申し訳ないわ」と、小さな女の声が聞こえました。
「私もそれを気にしているけど」と門野さんの声が答えました。「いつも言ってるけど、私は本当に京子を愛そうと努力している。でも、本当はあなたのことを忘れられない。京子に申し訳ないと思いながらも、あなたの顔を毎晩見ずにはいられない。私の気持ちを理解してください。」

その会話を聞いて、私の心は深く傷つきました。でも、今の私なら、すぐに二人の前に出て、思っていることを全て伝えるかもしれません。でも、あの時の私は、まだ経験が浅く、そんな勇気はありませんでした。

しばらくすると、歩く音が聞こえ、誰かが出てくるようでした。突然顔を合わせるのは、私にとっても彼らにとっても恥ずかしいことだったので、急いで蔵から出て、暗闇に隠れました。そして、彼の後ろに続いてくる女の顔をしっかり見ようと思いました。

蔵の中からは一人の男、私の夫が出てきましたが、女は出てこなかったのです。蔵には他の出口はないはずなのに、どうして女が出てこないのか、不思議で仕方ありませんでした。もしかして、蔵のどこかに隠れ通路があるのでしょうか。その可能性を考えると、恋人を追いかけて闇の中を進む女の姿が頭に浮かび、私は怖くなりました。

それに、夫が私の姿を見かけないことを疑問に思うかもしれません。とにかく、その夜は、母屋に戻ることにしました。

それからの日々、私は何度も夜の蔵へ忍び込みました。その中で、二人の恋の囁きを隠れて聞いては、彼らの関係に心を痛めました。何度か彼の恋人の姿を確かめようとしましたが、いつも彼だけが蔵から出てくるので、彼女の姿は一度も見ることができませんでした。

ある時、マッチを持って二階に上がり、周りを探しましたが、彼女の姿は見当たりませんでした。昼間にも蔵の中を隅々まで調べましたが、出入りする隙間などは一つもありませんでした。

これには驚きました。私は、彼が何かの霊に取り憑かれているのではないかとさえ思いました。変な気持ちになり、彼の家族や自分の家族にこのことを相談しようかと考えましたが、そんな不思議な話をすると笑われるのではないかと心配になり、決心を延ばしていました。

ある夜、私は気づきました。蔵の二階で彼らの会話が終わった後、何かの蓋が閉まる音と錠前を卸すような音がしました。それは、毎晩のように聞こえていたように思います。彼女はもしや、長持の中に隠れているのではないかと思いました。

この考えに気づいたら、もう静かにしてはいられませんでした。長持の鍵を盗んで、中身を確かめなければならないと思いました。次の日、彼の部屋から鍵を盗むことに成功しました。夜、蔵の中へ忍び込んだ時の気持ちを思い出すと、驚きます。

しかし、ある疑念が私の心に浮かびました。彼が一人で色々な声を使って、二人の会話をしているのではないかということです。それは変な考えかもしれませんが、私はその可能性を考えました。でも、彼がなぜそんなことをするのか、理由が分かりませんでした。

門野家は、この町で知られている古い家です。蔵の二階には、家が代々受け継いできた古い品々が、骨董屋のようにたくさん置かれています。三方の壁には赤い色が塗られた古い棚がずらりと並び、一つの隅には古い本箱が置かれています。その上には、本箱に入らない古い本がたくさん積み上げられています。棚の上には古い掛け軸の箱や陶器、それに変わった目を引く塗り物があります。特に印象的なのは、階段を上ったところに置かれた古い鎧です。昼間でもこの蔵の中は暗く、角々で金の装飾が不気味に光っています。こんな場所で嫌な噂を思い出すと、怖くなります。でも、その恐怖を乗り越えて棚を開けることができたのは、恋の力でしょう。

心の中で「こんなところにあるわけない」と思いながらも、一つ一つ棚の蓋を開けるとき、怖さで息が止まるような気がしました。でも、開けてみると、中には古い服や布団、綺麗な文庫本が入っているだけでした。それでも、蓋を閉める音や錠前の音が気になりました。不思議に思っていると、最後の棚に「お雛様」や「五人囃子」などと書かれた箱がありました。好奇心から箱を開けてみると、中には懐かしい雛人形が入っていました。しばらく夢中でそれを見ていましたが、その中で一つ特別な箱が目にとまりました。その箱には「拝領」と書かれていました。箱を開けて中を見ると、驚きと共に、以前から抱いていた疑問が解消されたのです。

私が見たものはただの人形だったと言うと、驚きが少ないかもしれません。でも、それはあなたが本当の芸術的な人形を知らないからです。博物館で古い人形を見たことはありますか?その人形の美しさに驚いた経験はありますか。特に古い人形は、夢のような魅力を持っています。このような人形の魅力を知っていれば、私がその人形に驚いた理由も理解できるでしょう。

私が見つけた人形は、後で門野のお父さんから、昔の名人形師、立木さんの作だと知りました。この人形は「京人形」と呼ばれているようですが、実際には「浮世人形」というものらしいです。人形は子供の大きさで、手足もしっかりとしており、昔の服を着ていました。その人形は古いものでしたが、顔はとても現代的でした。そして、その顔は情熱的で魅力的でした。

薄暗い土蔵でこの人形を見たとき、そのリアルさに私は驚きました。その人形の魅力を知った時、夫がこの人形に魅せられた理由がわかりました。夫の行動や蔵での声、長持ちの音など、すべてがこの人形と関連していると思われました。

後で知った話によると、門野は子供の頃から夢を見ることが多く、この人形に出会ってからその魅力に取り憑かれたらしいです。実は、人が人形や仏像に恋することは昔からあったと言います。夫もそのような特別な魅力を持つ人形に魅せられていたのです。

夫の愛情は、普通の恋とは異なり、夢のような恋でした。そんな恋をしていると、普通の恋愛の喜びを感じることができない一方で、罪のような感じも持ってしまいます。夫が私と結婚したのも、私を深く愛そうとしたのも、この特別な恋の影響だったのかもしれません。夫が人形のために女の声を真似ていたと思うと、私はどんな運命に生まれたのかと思います。

実は、私がこれから話すのは、恐ろしい出来事についてです。前回の話で「まだ続きがあるの?」と驚かれるかもしれませんが、心配しないでください。要点は簡単にお話しできる内容です。

驚かないで聞いてください。この恐ろしい出来事は、私が人を殺したというお話です。直接的には私の手で殺したわけではないので、法的に罪に問われることはありませんでした。でも、私はその人の死を引き起こしたことを自覚しています。その事実を、若気の至りで隠してしまったことが心の重荷となり、今日まで一夜も安心して眠ることができませんでした。今、この話をしているのは、亡き夫への謝罪の意味も込めてです。

当時の私は、恋に夢中でした。恋のライバルが、人間ではなく人形だったことを知った時、その人形を憎む気持ちが込み上げてきました。あの人形がいなければこんなことにはならないと思い、ある夜、私は人形を壊してしまいました。その後、夫の反応を見守りました。

壊れた人形を見て、何とも思わない夫の姿を見て、私は安堵しました。

10

その夜、夫は私が眠っていると思い、再び外へ出て行きました。彼が人形とどんな関係にあるのか、私は気になって仕方ありませんでした。

長い時間が過ぎても夫は帰ってこなかったので、私は不安になり、彼の後を追いました。そして、蔵の中で夫と壊れた人形が血まみれになって倒れているのを見つけました。二人とも死んでいました。私はその場で呆然としました。人形の顔には、まるで最後の瞬間に微笑んでいたような表情が浮かんでいました。

[出典:https://www.aozora.gr.jp/cards/001779/files/57511_65228.html]

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