俺はある大学に六年いたんだが、これはその五年目の話。
898 :本当にあった怖い名無し:2015/12/05(土) 21:30:14.34 ID:87hiRPoC0.net
授業はほとんどなくてね。就職活動が嫌でダラダラしてたんだが、ずっと金欠なのにはまいった。バイトはしてたよ。便利屋の下請けみたいなこと。
そこの便利屋は退職したジイサン三人でやってたんだが、体力のいる仕事の場合は、俺を含め、つてのある大学生に回してきた。
不定期だったが時間だけはあった。
で、そのときのバイトというのが、ある田舎家の清掃だったんだ。
それと池さらい。これがすごいバイト料がよくて、二日間で五万円。
ちょっと考えられないような額だろ。
このときに少し疑ってかかればよかったんだが……
メンバーは俺を含め三人、それと便利屋のジイサンが一人監督でついてきた。
その人がハイエースを三時間運転して現地まで行ったんだよ。
時期は八月の終わりで、大学はまだ夏休み中だった。
着いた先は、まあ簡単にいえば廃村だな。過疎が進んで人の住まなくなった村。
住所は言うのはひかえておくよ。廃村といっても、実際は年寄りが何世帯かはいたみたいだった。話をする機会とかはなかったがね。
その村の小高い丘の上にある典型的な豪農の屋敷。
世が世なら庄屋とか名主の家柄なんだろう。平屋だが二〇部屋近くあった。
庭も広くてな。手入れされてない植木が雑草に埋まってたよ。
九時に向そこに着いて、まず最初にやったのが池さらいだった。
家の縁側にそってくの字に曲がった池があったんだ。
水は緑色に濁ってて、生き物が住めそうには見えなかったな。
「ここは水抜き穴もあるし、ポンプも持ってきてるけど、このままだと詰まってしまってジイサンは、どうにもならないから、これで大きなゴミをさらい出して」
そう言って、かなり頑丈な柄つきの網を三本取り出した。
それで、さらったゴミは木箱に詰めて持ち帰るっていう。
ジイサンの一人が、夕方頃に木箱を別の車に積んで持ってくるってことだったんで、それまでさらったものは、池の脇の草の上に積み上げておくことにした。
でな、二人と一人にわかれて両端から池をさらい始めると、上がってくるのは全部骨だったんだよ。犬といっても、大型犬はなかった。
小型犬やら猫、あるいはイタチとか山の野生の動物の骨。
まあ俺にその区別がつくわけじゃないが、頭蓋骨の形で人間のものでないことはわかった。
一回網を入れると、ずっしりという感じで藻で緑に染まった骨が上がってくるんだ。
それをザラザラと池の脇に積み上げていく。
まだ暑い時期だったから大汗をかいたよ。骨はいくらでも出てきたんだ。
何十体、いや百体近い小動物の死骸が投げ込まれてたってことだな。
これをさらうだけで、コンビニ弁当の昼飯をはさんで四時間はかかった。
ある程度までさらったところで、水抜き栓を開け、さらにポンプを使って水を草むらに流した。
底が見えてきたが、泥がたまってて、その中にも何本も大小の骨が沈んでたな。
そういうのも泥と一緒に全部拾い上げてるうち、二台めのハイエースが大きな木箱を二つ持ってきた。
それにさらった骨を入れてると、さすがにあたりが暗くなってきた。
この日は泊まりだったんだよ。昼よりは少し豪華なコンビニ弁当が配られて、それが夕飯。
その後は屋敷の一番庭に近い部屋に入って俺たち三人が泊まる。
ジイサンら二人はそれぞれ車で帰ることになってた。
夜の間に、さらった池に水を入れるって言ってたな。
その部屋は掃除されておらず、まずホコリをぬぐって寝場所を確保するところから始めた。
布団はなしで、それぞれ一枚ずつタオルケットを渡されただけ。
それで寒いということはないし、むしろ暑いので雨戸はもちろん、ガラス戸も少しずつ開けてた。
蚊が嫌だったし、蚊取り線香も渡されていたが、これがほとんどいなかったんだ。
電気はついたけどテレビがあるわけでなし、ラジオも持っては来てない。
これもジイサンたちから差し入れのウイスキーを飲みながら雑談してたが、十時ころには半ば腐った畳の上に寝た。昼の作業で、体が疲れきっていたんだよ。
バイトは数々やったが、その池さらいはかなりの重労働だったんだな。
でな、部屋の電気を消したとたん、ギィー、ギィーという音が頭の上から聞こえてきた。
屋敷は広いけど平屋だから、上階からの音じゃない。
「なんだよこれ。うるせえな」仲間の一人が言った。
「家鳴りだろ、でなきゃ屋根の上に野生動物がいるとか」
「家鳴りって、さっきまで聞こえてなかっただろ。風もないし」
「猫がさかる季節じゃないけど、俺らの知らない山の動物かもしれん」
「赤ん坊の泣き声みたいで気味わりいな」
こんなことを言い合ったのを覚えてる。
けど、その音は五分ほど続いてやんだんだ。それと同時に、俺はことっと寝入ってしまった。
それから何時間ぐらいたったか、仲間の「うわーっ」という叫び声で目が覚めた。
そしてすぐ電気がついた。
「なんだよ。何かあったのか」俺が立ってるやつに声をかけると、「今、顔の上を何か踏んでった。小さいものだ」
こう言った。
「あー、やっぱ戸を開けてるから動物が入りこんだのか」
「いや、動物……そうかもしらんけど、どうもなあ……」
そいつは何だか煮え切らない返事をした。部屋の中を見渡しても何かがいる様子はなかった。
その部屋から他へ通じるふすまは閉めてあったし、もし動物が入ってきたとしても、またガラス戸から出たのか、でなきゃそいつが寝ぼけただけだと思った。
時計を見ると四時だったんで「もうすぐ夜が明けるし、暑くないから戸を閉めて寝るぞ」
で、また俺は吸い込まれるように寝てしまったんだ。
次に目が覚めたのは八時過ぎで、仲間は二人とも起きてて、縁側から庭の池を見ていた。
俺が起きていくと、池の水が三分の一ほどたまってた。
便利屋のジイサンの一人が来てて、車から小ぶりの箱を持ってきた。
何をするんだろうと思ってたら、箱の中から金色の仏像、
一五センチくらいの小さなものだったが、それを三体、池の水の入った底に間隔が均等になるようにして立てたんだ。
「あれ見ろよ」
仲間が池の底を指差した。
澄んだ水の底に、小さな足跡のようなのがいくつもあった。
人間の、赤ん坊の足跡のように思えた。
朝飯のおにぎりと牛乳をジイサンからもらって、その日の仕事を聞いた。
家の中の拭き掃除ってことで見取り図を渡された。部屋数を考えて俺らはげんなりしたよ。
ただし、トイレや風呂、その他にも掃除しなくてもいい部屋もあって、そこには入るなってことだった。
雑巾とバケツを渡され、雑巾は汚れきったら捨ててもいいと言われた。
それと奇妙なことだが、バケツの水は池から汲めって言われたんだ。言われたとおりにしたよ。
一人が六部屋の担当で、ホコリのせいで雑巾はすぐダメになった。
バケツの水もすぐに真っ黒になって、何度も草むらに捨て、池から汲みなおした。
そんなこんなで、昼飯をはさんで全部終わったのが三時過ぎだったな。
それからジイサンのハイエースに乗って、大学のある街に帰ったわけだ。
着いたら六時過ぎてて、ジイサンは
「あんたら頑張ったから、色つけてある」
そう言ってバイト料の封筒を渡してよこした。中を見ると六万円入ってた。
二日で六万円は、かなり疲れたがたしかに割はいい。だけど何か釈然としないものがあったんだ。
それで、ジイサンが帰ってから三人で近くのファミレスに入った。
金があるんでステーキを注文して、いろいろ話した。
夜中に叫んだやつは
「俺の顔の上を通ってたのは、赤ん坊じゃないかと思う」
「だってよう、動物なら毛があるだろ。それがすべすべしてたし、なんかミルクのにおいもした」
もう一人も
「あの池さらい変だよな。何であんな動物の骨が入ってるわけ?それと……
これは違うかもしれないけど、形の残ってる頭蓋骨は犬猫のものだろうけど、くしゃっとつぶれたやつの中に、人間の赤ちゃんじゃないかと思えるのがいくつかあった。それにジイサンが池に沈めた仏像はありゃ何なんだ?変すぎるだろ」
それから三人でいろいろ考えたが、はっきりしたことはわからなかった。
ただ、何か赤ん坊に関係があることだとしか……
でな、これからのことは関係があるかはわからないんだが。
俺はこの後、大学はなんとか卒業したが、就職はせずにアメリカに渡った。
観光ビザで不法就労してたんだよ。向こうで女もできてな。
結婚するつもりはなくて避妊してたんだが、子どもができてしまって。
彼女は産むといってきかなかった。
だから俺も向こうの人になる覚悟を決めようと思ったわけ。
ところが、五ヶ月目に流産してしまって、それをきっかけに別れることになったんだ。
日本に戻って就職した。ベンチャー企業でやりがいがあるし成功してる。
結婚もしたんだよ。だけど二回妊娠して、二回とも流産だったんだ。
医者の話では、女房の体に問題があるということではないようだった。
でな、このバイトのことが気になるんだよ。俺以外の二人が今どうなってるかも。
(了)