夕方、川口の旧デパート跡の前を自転車で走っていた。
速度はせいぜい、急ぎ足の歩行者を少し追い越す程度。昔の友人と2人、特に急ぐ用事もない。平穏な日常というやつだった。
そんな我々の横を、怒鳴り声を撒き散らしながら通り過ぎた女性がいた。
スポーツウェアに自転車。だが、それ以上に印象に残ったのは、彼女の後ろを必死に追う、まだランドセルの似合う年齢の少年だった。
息も絶え絶え、顔面蒼白。にもかかわらず、母親らしき女性の罵声は止まらなかった。
「そんな、わざとらしく息荒げないの。気持ち悪い。
サッカー選手は10キロ走っても息切れなんてしないのよ! 晩ご飯?ないわよ。走り方が気持ち悪いもの」
異常だと感じたのは、母親の言葉だけではない。
あの子の顔には、どこか“感情”が欠落していた。泣いていた。だが、泣き方が“普通”じゃなかった。感情を吐き出すためではなく、防御反応として流れる涙。謝罪は、命乞いのように繰り返された。
「九九を暗唱しながら走らないと許さないからね!」
そう怒鳴って、彼女はまた自転車を漕ぎ始めた。後ろを振り返りもせず、ゲロを吐く我が子を見捨てたまま。
その異常さに、ついに我々も動いた。
友人は少年のもとへ。自分は母親を追った。問いかけると、返ってきた言葉は笑い混じりの狂気だった。
「あんなの仮病よ。熱なんて、運動すれば出るわよ」
「きゃー!ここに犯罪者がいます〜!あは、アハハハハ!」
演技か本気か、境界が曖昧すぎて判断できない。彼女は壊れていた。
運のいいことに、通りすがりのご老人が立ち止まってくれた。事情を話すと、「ああ、その親子は有名なんだ」と語り出した。
過去にも何度か通報されている。警察も、児童相談所も、その存在は知っている。
だが、現実は動かない。理由は単純だ。「子供が暴れる」からだという。
この手の話では、善意が逆効果になることがある。
通報すれば、「お前がしっかりしないから、見知らぬ男に声をかけられたんだ」と、母親の暴力と罵声が数倍に増して返ってくる。
子の命綱が、加害者の手の中にある限り、正義は振り回すだけでは意味を成さない。
夕方の空には、不穏な熱気と低い雲。まるでこの一件を見届けた空が、雨をためらっているようだった。
結局、自分たちは何もできなかった。
助けたとは言えない。ただ、彼をほんのひととき、死なない程度に冷やしただけだ。
その“間”が、将来のどこかで彼の命を繋ぐことを、ただ願うしかない。
[出典:223 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/05/26(月) 19:35:37.74 ID:Dzr2SpF+0.net]