短編 人形にまつわる怖い話 都市伝説

アケミちゃん【ゆっくり朗読】4200

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 2011年の5月に起きた話。

大学に入学し友達も何人かできたある日の事。

仲良くなった友人の伊佐夫から、同じく仲良くなった悟志と隆典も遊びにきているので今からうちに来ないかと電話があった。

時間はもう夜の九時過ぎくらい、しかも伊佐夫のアパートは俺の住んでいるところから大学を挟んで正反対の方向にあり、電車を乗り継いでかなり先にある。

時間もかかるしちょっと面倒なのだが、特にすることもなく、そのうえ土曜の夜で暇だった俺は伊佐夫のアパートへ向かう事にした。

乗り継ぎ駅のホームで待っているとき、ふと気付いたのだがホームで待っている人がやけに少ない。

「土曜の夜ってこんなもんだっけ?」

と疑問に思ったが、特に気にもせず電車に乗り込んだ。

電車の中もやけに空いていて、酔っ払いらしい二人組が乗っているだけだった。

特になんとも思わず席に座り、携帯をいじりながらぼーっとしていると、その酔っ払い二人も次の駅で降りて行った。

代わりに俺と同い年くらいの女の子が乗ってきて、俺の向かいくらいの位置に座った。

最初は気付かなかったのだが、ふと携帯をいじるのをやめて顔を上げると、その女の子がやたら可愛い事に気が付いた。

黒のセミロングくらいの髪型でちょっと大人しそうな感じ、ぶっちゃけ言えばモロに、タイプの子だ。

だが、別に女の子と話したことが無いとかそういうのではないけど、『彼女いない歴=年齢』の俺に声をかける勇気があるわけもない。

出会いなんてあるわけないよなぁ……と、心の中で思いながらふとその子を無意識に見つめてしまっていた。

しかも間の悪い事に、その子と目があってしまった。

ヤバイ、キモいやつだとおもわれる!と慌てて目を逸らしてずっと窓越しに、ちょっと外を見ていました的な態度を取ったのだが、傍から見てもバレバレだっただろう。

目的地の駅はまだ五駅も先だ。

俺は「どうしよう、次の駅で下りるべきか、でも、それだと余計不自然じゃね?」などとあからさまにキョドって葛藤していると、クスクス……と笑い声が僅かに聞こえてきた。

「え?」と俺が正面を向くと、女の子が俺のほうを見て楽しそうに笑っている。

そして、楽しそうに「なんですかぁ?」と俺に話しかけてきた。

え?マジで?何このマンガみたいなシチュエーション、と思い浮かれまくりながらも、表面上は冷静さを取り繕いながら

「いや…外を見ていただけだけど…」

と返すと、あろう事かその子はクスクスと笑いながら

「私のこと見てたよねー」と、言いつつ俺の隣へと移動してきた。

内心大喜びしながらも、観念した俺は「ごめん、見てました…」と正直に答えた。

その後15分ほどの間だが、俺はその子とかなり色々話した。

名前は『アケミ』ちゃん、というらしく、学部は違うが俺たちと同じ大学に通っているらしい。

その時は気付かなかったのだが、後になってこの時の会話を思い返してみると、明らかにアケミちゃんの言動はおかしかった。

最近話題になっていることを話したかと思えば、急に何年も前の話をし始めたり……

時事関連も詳しいかと思えば「この前の地震こわかったねー」というような話には不自然なくらい反応が薄かったり……

同じ話を繰り返し出したかと思えば、急に無表情で黙ってしまったり……

完全に、可愛い女の子とお近づきになれたという状況に有頂天になっていた。

その時の自分はまるで解らなかったけれど、後から思えばなんといえばいいのか……

自分が見聞きした事ではなく、他所から伝わった情報をただ聞きかじって覚えただけ、といえば良いのか……

上手く説明できないが、そんな不自然さと違和感が、アケミちゃんの言動にはあった。

ただし、浮かれまくっていたその時の俺にも一つだけ気になることがあった。

電車が走り僅かに揺れるたびに、『カチ…カチ…』とプラスチックのような硬く軽い感じのものがぶつかり合うような、なんか、変な音がする。

俺は何の音だろうとあたりをキョロキョロしたのだが、音の正体がわからない。

アケミちゃんがその様子を見て「どうしたの?」と聞いてきたが、音の出所も解らないし、別段気にする事もないと思った俺は「いや、とくに……」と流した。

音の正体については後でわかる事になるが……

電車が目的地の前の駅に差し掛かった頃、アケミちゃんのバッグの中の、携帯が鳴った。

バッグを空け、携帯を中から取り出そうとしたとき、俺はバッグの中にとんでもないものが入っているのを見つけて一瞬思考が停止してしまった。

ボロボロにさび付いた異様にでかい中華包丁がニ本。

明らかに十代の女の子が持つには相応しくない代物だ。

というか、こんなものを日常的に持ち歩くやつがいるとは思えない、明らかに異様な光景だ。

アケミちゃんは直ぐにバッグを閉じてしまったが、俺の見間違いという事はない。

その間も『カチ…カチ…』と、例の変な音はし続けていた。

そこで俺はやっとふと我に返り、状況を分析してみた。

『そもそもこんな可愛い子が、目があったってだけで唐突に声をかけてくるって、状況がおかしくね?そんな上手い話あるわけがねーよ、この子ヤバイ子なんじゃ、ねーのか?』という疑念が出てきた。

疑念というより確信に近かったのだが……

そして、このまま目的地の駅で降りるのはまずいと感じた俺は、ひとまず、次の駅で降りることにした。

ただし、下りようとすると着いてくる可能性もある。

そうなると申し開きが出来ないし、余計にピンチになるのが解りきっているから、電車が駅に停車し、発車直前、ドアが閉まる寸前で降りる事にした。

そうこうしているうちに電車が駅に着いた。

アケミちゃんはまだ電話をしているが、チラチラとこちらを見たりもしているのでうかつに動けない。

目が合うたびに背筋に寒いものを感じながらも、愛想笑いを浮かべながらタイミングを伺うと、発車の合図の音楽と同時に

「ごめん、ここ、で下りるから」と一方的に言って電車を駆け下りた。

案の定、アケミちゃんは反応できず、電車はそのまま発車し行ってしまった。

ひとまず難を逃れる事ができた俺は、とんでもないものに出会ってしまった、と思いながらも、さてこれからどうしようかと考えた。

伊佐夫のアパートまではまだ結構距離がある、というかまだこちらに来て2ヶ月も経っていない俺に、ここから目的地までの道順など解るわけもない。

かといって次の電車に乗った場合、次の駅でアケミちゃんが待っていたら、余計にヤバイ。

仕方がなく、俺は伊佐夫に電話をして後で事情を話すからと住所を聞き、駅を出て、タクシーで伊佐夫のところまで向かう事にした。

アケミちゃんにもう一度出会うリスクを考えたら、千数百円の出費のほうがずっと良い。

伊佐夫の家に着き、かなりほっとした俺は

「おいヤベーよ、なんかスゲーのにあっちまったよ、都会こええよ!」

と大げさに、かなり興奮気味に三人に事の事情を、話した。

伊佐夫も悟志も隆典も、当然全く信じてくれず、「嘘くせー」とゲラゲラ笑っていると、ピンポーン♪とドアチャイムが鳴った。

時間はもう夜の十一時近く、こんな時間に来客など当然あるわけもない。

俺は「いや、まさかな…完全に振り切っていたし」と思っていると、悟志が、冗談半分に「アケミちゃんじゃね?」と言い出した。

そこで自分で言った悟志も含め、俺たちはその言葉を聴いて凍りついた。

というよりも、その言葉を聴いた俺が真っ青な顔で動揺しているのを見て、色々察したといった方が良いだろう。

伊佐夫が「おい、さっきの話マジなのかよ…」と言いつつ、ひとまずドアスコープで、誰が来たのか確認してくると言って、足音を立てずに玄関へと向かい、暫らくすると戻ってきた。

そして俺たちに

「すっげー可愛い子がニコニコしながらドアの前にいるんだけど……」

と言ってきた。

その間も何度もチャイムが鳴らされている。

それを聞いて隆典が「お前マジなのかよ……何で後つけられてるんだよ……」

と言ってきたが、そもそも俺にもなんで後をつける事ができたのかがわからない。

俺は「ひとまず、ほんとにアケミちゃんかどうか自分の目で見てくる」

といって、同じく足音を立てないように、玄関に向かうと、ドアスコープで外を覗いてみた。

そこには困惑気味な顔をしたアケミちゃんがいた……

これはかなりヤバイ。てか、なんで着いてきているのかと。

俺たちそんな仲ではなかっただろ?ちょっと電車内で会話しただけだろ?理不尽すぎね?

と思いながら、ひとまず部屋まで戻ると三人に間違いなくアケミちゃんである事を伝えた。

そして四人でこれからどうするかを相談した。

まず居留守作戦は使えない。

部屋の電気がついているし、さっきまで結構大きな声で、話していたのだから、在宅なのはモロバレだ。

次に、ひとまず俺はクローゼットの中に隠れ、伊佐夫が応対して、俺の事を聞かれても『そんなやつ知らない、何かの間違いだろう』と、シラを切る作戦を考えた。

だが相手は文字通り『アレな人』な可能性があるから、それで納得するか未知数なうえに凶悪な武器持ちだからドアを開けるのは危険すぎる。

そんな話をしていると、外からアケミちゃんが

「清助くーん、ここにいるよね?入っていくの見てたよぉー、何で逃げるの?酷いよ、ちゃんと説明してよぉー」

と、声が聞こえてきた。

伊佐夫が

「お前モロにつけられてんじゃねーか、てか自分の名前言ったのかよ!どうすんだよ!」

と、焦り気味に言ってきた。

前の駅で降りてここまでタクシーできたのにどうやって後をつけたのか、色々疑問は残るが、今更そんな事を考えても仕方がない。

俺たちがそんな会話をヒソヒソ声でしていると、今度はドアのほうから、

『キィ!ギギギギギギギギ!キィ!ギギギギギギギギギギギギ!』

金属同士がこすり付けあうような、非常に不快な音がし始めた。

伊佐夫がまたドアの方に行き外をうかがって戻ってくると、

「おいなんかやべーぞ、包丁でドアを引っかいてやがる……マジでヤバイ人じゃねーか!」

と声を殺しなら言ってきた。

その間も「清助くーん」と俺を呼んだり「ちゃんと出てきてお話しようよ」と、行動と言動が、全くかみ合わない事をやっている。

この騒ぎでお隣さんがキレてしまったのだろう、ドアごしに「うるせーぞ!何時だとおもってる!」と怒鳴り声が聞こえてきた。

そして金属音もアケミちゃんの声も止まり、一瞬の沈黙のあと、

「うわっ!なんだこいつ!」

という声がしてその後にドアが激しくバタン!と閉まる音がした。

そしてまた例の、『キィ!ギギギギギギギギ!』という音が鳴り響く。

何事が起きたのかと、隣の人は大丈夫なのかと、明らかに状況がどんどん悪化してきている。

俺たちはその後もあれこれと対策を考えたのだが、その場の思いつきの付け焼刃でどうにかなるとも思えず、どうすれば良いのかと考えていると、外からパトカーの回転灯の光が見えた。

サイレンの音などは聞こえなかったが、どうやら誰かが警察を呼んだらしい。

俺たちが、助かった……とホッとした瞬間、外から「待ちなさい!」という声の後に、誰かが駆け抜ける音がして、その後直ぐに静かになった。

すると今度はドアチャイムが鳴り、警察官が「大丈夫ですかー!?」とドア越しに声をかけてきた。

……どうやら助かったようだ。

伊佐夫がドアをあけ、俺たち全員が事情を話すと、どうもアケミちゃんは警官一人を突き飛ばすと、アパートの一番奥のほうまでかけていき、フェンスをよじ登り逃げて行ったらしく、現在追跡中とのことだった。

俺は、彼女がアケミという名前である事、俺たちと同じ大学の学生であることをつたえ、ターゲットがどうやら俺である事から、暫らく俺のアパートの周囲を巡回してくれる事や、緊急時の連絡先等を伝えると帰って行った。

ちなみに、警察に通報したのは隣の人だったらしい。

隣の人が言うには、怒鳴りつけた途端にアケミちゃんが無言で中華包丁を振り回してきたので、慌ててドアを閉めて警察に通報したということで、特に怪我をしたとかそういう事ではないとの事だった。

ちなみに、大学に該当する学生は在籍していなかったそうです。

というか、警察は身元の特定すらできませんでした。

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後日談

五月の事件から一ヶ月以上過ぎた六月末。

その頃になると警察も「何かあったら電話してね」と言って巡回してこなくなっていた。

俺自身も、もうさすがに無いだろうと勝手に思い込み、かなり油断していた。

それがいけなかったのかもしれない。

その日俺は夜中に小腹が空いたので、ちょっと何か買って来ようと駅前のコンビニまで行く事にした。

時間は確か夜の十時半か十一時頃だったと記憶している。

コンビニで買い物をして外に出ると、まだ終電の時間すら過ぎていないのに駅前はやけに人が少ない。

前回と同じ状況なのに、その時の俺はこんな事もあるんだなと特に気にせず歩き始めた。

暫らく暗い夜道を歩いていると、いつも通る公園に差し掛かった。

すると、街灯の明かりに僅かに照らされてベンチに誰か座っているのが見えた。

ただ、距離が少し離れていたのと街灯があるとはいえ、そんなに明るくないので誰が座っているのかまでは解らなかったが。

こんな時間になにやってんだろ?と思いながら公園を通り過ぎようとすると、その人影がこちらに気付いて駆け寄ってきた。

シルエットから、どうやら女のようだと気付いた瞬間!俺は自分がいかにうかつな人間であるかを後悔した。

予想通り駆け寄ってきたのはアケミちゃんだった……

アケミちゃんはニコニコしながら「やっと会えたね」と嬉しそうだ。

手元には例の少し大きめのバッグも持っている。

どう見てもその中には例の中華包丁が入っているのだろうことは容易に想像がつく。

俺は何故かその時、かなり混乱していたようでこんな状況にも関わらず、相手が、アケミちゃんじゃなければ、こんな最高なシチュエーションはないのに、とこの期に及んでもわけの解らない事を考えていたのを覚えている。

そんな事を考えながらも、なんとかして逃げないといけないとも考えをめぐらした。

アケミちゃんとの距離はまだ4~5m離れている。

彼女は、なんと呼べば良いのか知らないが、履いているのはヒールのついたサンダルみたいな靴のようで、明らかに走り難そうに見える。

ちなみに俺はスニーカーで、そのうえ高校時代はバスケ部だったのでそこそこ体力にも自信があるし、このまま走って逃げれば振り切れそうだ。

自宅の方向へ逃げるのは不味いと感じた俺は、タイミングを見計らい道を90度曲がり、自宅とは別方向へ全力疾走した。

走りながら俺は警官に言われた事を思い出した。

『携帯の番号登録しておくから、話ができなくてもかけてさえくれればアパートにパトカーを向かわせるよ』と。

慌てていつも携帯を入れているほうのポケットに手を突っ込んだのだが、携帯が無い、反対側とケツのポケットにも手を当てて確認したのだが無い。

そういえば、どうせ直ぐに戻ってくるしと思ったので、携帯は充電器に差しっ放しで出てきたんだった……俺は自分の迂闊さを心底後悔した。

たぶん1キロ近くは走ったとおもう。

今考えるとかなり不自然なのだが、その間車は何台かすれ違ったが歩いている人には一切出会わなかった。

夜中の十一時頃とはいえなんかおかしい。

偶然か?もう流石に追ってきていないだろうと考えた俺は、一端立ち止まりこれからどうするべきか考えた。

そこである事に気付き、今来た道とは別ルートでさっきの公園まで戻る事にした。

気づいた事とは、その公園には今時珍しく電話ボックスがあったのを思い出したからだ。

途中でアケミちゃんに出会うリスクはあるが、今時『確実に電話ボックスがある場所』というのは、かなり貴重だ。

とにかく警察に連絡を取らないといけない。

俺は神経質なくらい慎重に、曲がり角では特に細心の注意を払いながら、かなり時間をかけて、公園まで戻った。

公園につき、周囲をうかがい更に公園の周りを一周して確認したが人影は一切無く安全そうだ。

安全を確認できた俺は電話ボックスへと向かうと扉を開けた。

その時、俺の肩を誰かが叩いた。

「マジですか……」

このとき俺は一生のうちで最大の絶望感を感じていた。そして『きっと彼女とは、別の人だ』という僅かな期待をもって振り向いた。

……そこには、当然のようににっこりと可愛らしい笑顔で俺を見つめるアケミちゃんがいた。

「うへぇあああああああああああああああ!」

俺はかなり情けない叫び声を上げて地面にしりもちをついた。

アケミちゃんはそれがおかしかったのか、俺を見下ろしながらクスクスと笑っている。

その笑顔、がやっぱりかなり可愛くて、可愛いからこそよけいに不気味だった。

こんな情けない状況でも、それでも俺は虚勢を張って

「この前と言い今回と言い、なんで、場所がわかるんだよ!」

と、かなり強気に質問を投げつけた。

するとアケミちゃんは、またクスクス、と笑いながら

「だって、清助君のジーンズのポケットの中に私がいるから、どこにいてもわかるよー」と、言い出した。

……訳が解らない、こいつやっぱおかしい。

いわゆる『本物』ってやつに出会ったことは無いが、これが、本物というやつなんだろう。

俺があっけに取られていると、アケミちゃんは

「お尻のほうの右の、ポケットだよー」と言い出した。

どうやらポケットの中を確認しろということらしい。

逆らったら何をされるか解らない。

おれは地面に座ったまま腰を少し浮かせ、ポケットの中を確認してみた。

すると中に何か長細い物がある。

乾電池?と思いながらそれを取り出すと、街灯の薄明かりに照らされたそれは人の指のようなものだった。

「ううぇ!」

俺はまた情けない叫び声を上げてそれを地面に投げ捨てた。

が、投げ捨てて気付いたのだが、触った感触といい質感といい、どう見ても本物の指では無さそうだ。

どうやらマネキンか何かの指らしい。

するとアケミちゃんがにっこりと微笑みながら「捨てちゃダメだよー」と言いながら、指を拾い上げた。

目の前に屈みこむと俺のポケットに指を戻し、そして耳元でこんな事を囁いた。

「次、私を捨てたら殺すから」

俺は何か言い返したかったが、あまりの事に頭が真っ白になってしまい、ただ顔を引きつら、せることしかできなかった。

「ヤバイ、ヤバ過ぎる、こいつとんでもない、早くなんとかしないと殺される……」

しかし頭の、中は完全にパニック状態、とてもじゃないがこの状況で冷静な思考などできない。

するとアケミちゃんは

「こんなところで話しているのもなんだし、清助君のおうちいこ」

というと、俺の腕を掴み片手で引っ張り起した。

一応書いておくと、俺は身長175cm、体重は72kg、説明するまでも無いが、女の子が片腕で引っ張り起せるような体格ではない。

とても10代の女の子とは思えない物凄い力だ。

あまりの事に唖然としている俺の腕を引っ張り、アケミちゃんはどんどん俺のアパートの方向へと進んで行く。

どうやら俺の住んでいる場所も既に突き止めているようだ。

その時気付いたのだが、また電車の時のように『カチ、カチ…カチ、カチ…』とプラスチックのような硬い軽い物がぶつかり合うような、変な音がしている。

アケミちゃんはニコニコと、嬉しそうだ。

そしてようやく気付いたのだが、どうやらこのカチ、カチという音はアケミちゃんが、歩くたびに鳴っているらしい。

その時はどこから鳴っているのかはさっぱり解らなかったが。

歩きながらアケミちゃんはかなり嬉しそうだ。

そして俺の腕をしっかりと掴んでいて、離しそうにはない。

俺は自宅につくまでに、なんとかこの場を切り抜ける方法を考えなければとあれこれ思考をめぐらした。

が、そうそうそんな良い方法が思いつけるわけも無く、かと言って文字通りありえないレベルの『怪力女』であるアケミちゃんを、力ずくで振り切るなど不可能だ。

そしてなんら解決策が出てこないまま、とうとう自宅アパートに到着してしまった。

部屋に着くとアケミちゃんは楽しそうに俺の部屋を物色し始めた。

「男の人の部屋てやっぱ結構散らかってるんだねー」

とか言いながら色々見て周っている。

が、俺のほうは気が気ではない。

今は機嫌が良いが、このあからさまなメンヘラちゃんが、いつ機嫌を損ねるか解らない。

そして機嫌を損ねたら恐らく俺は殺される。

すると彼女は「部屋散らかっているし片付けてあげるね」と言い出した。

この状況だけ見れば物凄く「おいしい」シチュエーションだ。

まるで付き合ったばかりの、彼女を初めて自分の部屋に呼んだような、そんな状況と言っても過言ではない。

しかし、部屋にいるのは巨大な中華包丁をバッグの中に隠し持ったコテコテのメンヘラさんであり、俺はメンヘラさんに捕らえられた哀れな獲物でしかない。

そんな事を考えていると、アケミちゃんは例の『カチ、カチ…カチ、カチ…』という音をさせながら、部屋の隅に無造作に積み上げられた雑誌やマンガやテキストやその他諸々を種類ごとにわけて整理し始めた。

その時、恐らく彼女は髪の毛が邪魔に思ったのだろう、少し無造作に自分の首もとの髪をかき上げた。

その時俺は信じられないものを見た。

アケミちゃんが髪をかき上げて見えた首筋に、薄っすらと線が入っており、それは後ろの方まで続いている。

だが、丁度うなじの真上部分で縁が欠けているような状態になっていて、そこだけ『ちゃんとかみ合っていない』としか見えない状態になっている。

そしてそのかみ合ってない部分が、アケミちゃんが動くたびに『カチ、カチ』と鳴っているのだった。

一瞬の事だったが見間違いではない。

明らかにアケミちゃんの首筋には『つなぎ目』がある。

俺は頭の中が????でいっぱいになった。

「なんだこれは?俺の目の前にいるのは、一体なんだ?」

ここにきてアケミちゃんは危険なメンヘラさんであるという認識を改め、なんだか良く解らない人間ではない何かの可能性が出てきた。

そんな事を考えながら俺がアケミちゃんの首元を凝視していると、それに気付いたのか

「なんですかぁ?恥ずかしいじゃないですか」

とにこやかに笑いながら、また部屋の整理をしている。

その時、恐らく後で整理しようとしていたのだろう、棚の少し上のほうに置いてあったテキストや辞書などがアケミちゃんの頭に落っこちた。

ドザッ!と大きな音がして、その後『痛ったー><』と頭をさすりながら、ドジっちゃいました的な顔をして俺のほうを見た。

……が、その姿は異様だった。

首筋に入った線のところから明らかに首がズレている。

アケミちゃんは「あー…」と言いながら首を元に戻すと、何事も無かったようにまた本や雑誌の整理をしはじめたのだが、俺の頭の中はパニック状態だ。

「一体あれはなんなのか」

「俺は一体、何を見た???」

意味不明すぎる。

一つ解った事は俺の目の前にいる『それ』は、明らかに人間ではない、ということだ。

パニックになりながらも、俺はこれからどうするべきか考えた。

すると、ふとベットのところに置いてある充電器にささったままの携帯が目に入った。

「これだ!」

警察官が言っていた、電話さえすれば返事がなくともパトカーを様子見に送ると。

俺はアケミちゃんに悟られないように、そして不自然にならないように、可能な限り自然な動きで、ベットのところまで移動した。

携帯のほうを見ようとすると、アケミちゃんが

「携帯さわっちゃだめだよ!」と振り向きもせずに言い出した。

洒落にならん……気づいてやがった……

そのまま動く事が出来ず呆然としていると、アケミちゃんがすくっと立ち上がり、俺のほうへやってくると、携帯を充電器から抜き取り自分のバッグの中へとしまった。

そして何も言わずにそのまま部屋の片付けに戻っていった。

これからどうするべきか、何か考えないといけないのだが、あまりの出来事に動揺してしまい、思考が上手くまとまらない。

とりあえずあたりを見回してみると、ふと中身が入ったままの電気湯沸しポットが目に付いた。

そこで、俺は普段なら絶対に考え付かない方法を思いついた。

こいつは中に結構な量のお湯が入ったままだ、こいつでぶん殴れば流石に……

俺は別にフェミニストとかそんなんではないが、流石に普通なら女の子に暴力を振るうような事はためらわれる。

が、今は状況が状況だし、そもそもアケミちゃんは男か女かとか以前に、明らかに人ではない、『躊躇われる』なんてカッコつけていられるような余裕も無い。

俺は意を決してポットの取っ手を握り締めると、

「うあああああああああああああああああああああああ」

と絶叫しながらアケミちゃんの頭を全力でぶん殴った。

アケミちゃんはそのまま壁の反対側まで吹っ飛び倒れた。

そして俺が様子を見ようとするとムクッと上半身を持ち上げ

「痛ッーい、何するの?」

と、まるでおふざけて小突かれてちょっと怒った振りするような、そんな感じの返事を返してきた。

俺はアケミちゃんの姿を見て恐怖心で動けなくなった。

返事が状況に似つかわしく無いからではない、なんと説明すれば良いのか……

上半身を起き上がらせたときに、顔の鼻から上といえばいいのか、それとも眼窩の下の部分から上といえば良いのか……

その部分がボロッと顔面から落っこち、鼻から下だけになった……

ありえない。

あまりの事に動けなくなっていた俺だが直ぐにわれに帰り、手に持っていたポットをアケミちゃんに投げつけ、後ろを振り返り玄関へダッシュするとそのまま外へ逃げ出した。

そして道路まで出ると、一端アパートの方を振り返ったのだが、そこでまたとんでもないものを目撃した。

俺の部屋はニ階にあるのだが、アケミちゃんが部屋の窓から身を乗り出し、片手に中華包丁を、もう一方の手に自分の頭のパーツを掴み、丁度俺のほうを見ながら、下へと飛び降りるところだった。

俺はもう頭はパニック状態、ションベン漏らしそうになるほど恐怖し、いい年こいて涙目になりながら、もう道順も目的地も何も関係無しに全力で逃げ出した。

後ろのほうから、かなり遠くにだが『カチカチカチカチ…』と音がする。

恐らくアケミちゃんが俺を追ってきている音だ。

俺は、追いつかれたら確実に殺されると思いながら、ふとさっきアケミちゃんが言っていた事を思い出した。

「私を捨てたら殺すから」と。

『私』ってどういう意味だ?本体はあの指ってことか?

意味が良く解らないが、とにかく、これが鍵になりそうではある。

しかしどうしたらいいのかは解らない。

捨てなければ、どこまでも追いかけられるだろうし、しかし捨てたら殺すと言われた。

だが、そもそもこの状況、どう考えても指を捨てようが捨てまいが、追いつかれたら殺される。

こうなってくると、問題は捨てるか捨てないかではなく、どう捨てるか、だ。

そんな事を考えながら走り続けていると大きな道路に出た。

そして、その道路を渡った100mくらい先のところに、神社らしき鳥居が見える。

俺は何の根拠も無く「これだ!」と思った。

もうヘトヘトに疲れていたが、最後の力を振り絞って全力疾走すると、道路を横断し、鳥居を潜り、ポケットの中から例の人形の指を取り出すと、それを拝殿の中に投げ込んだ。
それと同時に、道路のほうから、

『キィィィィィィィィィィィ!』

と車が急ブレーキを踏む音が聞こえてきて、その後『ドンッ!』と結構大きな音がした。

鳥居越しに車が停まっているのが見える。

もしかしてアケミちゃんを轢いたのか?

そんな事を考えながら恐る恐る道路に出てみると、三十代くらいのおじさんが車の前に立ってどこかに電話している。

様子から察するに警察か救急車だと思われるのだが、不思議な事にあたりを見回しても、それらしき人影が無い。

俺が「どうしたんですか?」とおじさんに声をかけると、

「それが……今人を轢いちゃった、はずなんだが……見ての通り人なんていないんだよ、でとりあえず警察にとおもって」という。

タイミング的に明らかに轢かれたのはアケミちゃんのはずなのだが……と、ふと道路の端のほうを見ると、なんかの残骸みたいなものがいくつか転がっている。

恐る恐る近付いてみると、それは人形の残骸だった。

そして、胴体や足の部分の衣服などを見る限り、それはどう見てもアケミちゃんの、ものだった。

俺は混乱した。

たしかに人形みたいな形跡はあったが、こんなあからさまに安っぽい人形の姿では無く、もっと質感的にも普通の人間っぽかったはずだ。

ここにあるのはなんだ?どういうことだ?

『私』を神社に投げ込んだから、お祓いが出来たのか?

そんなご都合主義な事がありえるのか?

頭の中が????でいっぱいになった。

が、目の前にある現実は変わらない。

そうこうしていると警察がやってきた。

俺も一応目撃者というかある意味被害者なので、色々と事情を説明したのだが、当然意味不明すぎて警察も信じてくれない。

アケミちゃんらしきものを轢いてしまった人も、あまりにも意味不明で何が起きているのか理解できないらしく、なんかちょっと興奮気味に警察に何か話していた。

ただ一つだけ不思議な事があった。

人形って、普通は手や足を胴体と繋ぐジョイント部分ってものがあるよな?

警察も不思議に思っていたようだが、この人形、そういうジョイント部分が一切なかった。

つまり、どうやって人の形に接続されていたのかがさっぱりわからない。

アケミちゃんのあの姿からして、中に何か入っていたんじゃないかとか、色々怖い想像をしてしまうのだが、今となっては何も解らない。

そもそもこの人形の残骸は、そのまま警察が証拠品として持ち帰って行ってしまい、その後どうなったかわからないからだ。

なんともあっけない幕切れなのだが、実はこの後何も無い。

自宅に帰ってみると、どうもあの騒ぎを誰かが通報したらしく、警察がやってきていた。

そして部屋に残されていたアケミちゃんのバッグを証拠品として持って行ったのだが、結局身元がわかるようなものは何一つ無かったらしい。

ただ携帯に関して後から変な事を教えてもらった。

アケミちゃんの持っていた携帯、もう何年も前に解約したものらしく、書類上はとっくに廃棄されているはずのもので、通話を受信できるような代物ではなかったらしい。

その後現在まで、俺はアケミちゃんに出会うことはありません。

ただし、今でも急に人気が無くなったり、元からあまり人気が無いような場所は、恐ろしくて近付けません。

人形に関しては、いろいろと想像できる部分もあるのですが、あまり憶測で書きたくないのと、変に想像すると現実になりそうで怖いので、そういう事はこれを読んでいるみなさんのご想像にお任せします……

(了)

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