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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

出迎えたもの nc+

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実家で飼っている猫の話だ。

その猫は、私が当時アルバイトしていた職場で捕獲された。野良として処分される寸前だったところを、引き取った。名前はマコト。雄で、生後半年ほどだった。

マコトは極端に人見知りをする猫だった。懐いているのは私と母、それから何度か家に出入りしていた私の後輩だけで、それ以外の人間が来ると、気配を察した瞬間に家具の隙間や押し入れに消えた。物音を立てず、まるで最初から存在していなかったかのように。

当時の私は早朝から昼過ぎまで働く生活で、家にいる時間が長かった。母は昼に一度帰宅し、夜にまた仕事へ出る。そのため、日中のマコトの遊び相手は、ほぼ私の役目だった。

その日も、居間でマコトと遊んでいた。床に座り、紐を引きずると、マコトが夢中で追いかける。いつもと変わらない午後だった。

何気なく壁の時計を見ると、母が帰ってくる時間が近い。家は静かで、外の音もほとんど入ってこない。次の瞬間、玄関の方からはっきりと声がした。

「ただいまー」

聞き慣れた母の声だった。音の高さも間の取り方も、間違えようがない。

マコトがぴくりと耳を動かした。次いで、猫用に少しだけ開けてある玄関の戸の隙間へ向かって走り出す。戸の間をすり抜けると、いつものように出迎えに行った。

普段なら、すぐに母が居間へ入ってくる。マコトが足元にまとわりつき、母がそれを避けながら「はいはい」と言う声が聞こえる。それが日課だった。

だが、その日は違った。

待っても、足音がしない。居間に人の気配が近づいてこない。玄関の戸が完全に開く音も、荷物を置く音もない。

妙だと思い、私は立ち上がった。その瞬間、マコトが居間へ戻ってきた。

走って、ではなかった。体を低くして、こちらを何度も振り返りながら、逃げるように戻ってきた。顔を見たとき、はっきりと異変が分かった。目が潤み、喉を鳴らすこともなく、私の足にしがみついた。

抱き上げると、全身が震えていた。

玄関の方を見る。戸は、さっきと同じように少しだけ開いている。そこから先に、誰かが立っていた形跡はない。靴もない。空気だけが、変に冷えていた。

「……え?」

声が出たが、それ以上の言葉が続かなかった。マコトを胸に抱いたまま、居間の真ん中に立ち尽くした。家の中は静まり返っていて、テレビもつけていない。外から車の音が遠くに聞こえるだけだった。

そのまま、どれくらいの時間が経ったのか分からない。時計を見る気にもならなかった。ただ、抱いたマコトの震えが、少しずつ収まっていくのを感じていた。

十五分ほどして、今度は確かに玄関の鍵が回る音がした。戸が開き、母の足音が続く。

「ただいま」

今度は、声と動作が一致していた。母は普通に居間へ入ってきて、私とマコトを見て首を傾げた。

「どうしたの?」

私は何も答えられなかった。マコトは、母の姿を確認してから、ようやく腕の中から離れ、恐る恐る足元へ降りた。

母は何事もなかったように着替えを始めた。私は、さっきの出来事をどう説明すればいいのか分からず、結局何も言わなかった。

あの声が何だったのかは、今も分からない。空耳だと考えようとしたこともある。だが、マコトの震えと、涙で濡れた目の感触だけは、どうしても消えてくれない。

あの日以来、マコトは、母の帰宅時間になると玄関を警戒するようになった。声が聞こえても、すぐには出迎えに行かない。私が立ち上がるまで、居間から動かない。

その理由を、私は今も聞けずにいる。

[出典:893 :韮弐 :05/01/28 20:09:53 ID:u9OY9P620]

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