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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

一歩ずれる nw+

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たぶん、あれは中学のときだ。

友人のTのことを、今でもふと思い出す。

当時は変なヤツだな、で済ませていた。今ならもう少し、ちゃんと怖がってよかったんじゃないかと思っている。

最初にTを変だと思ったのは小学校のころだ。身体が異様に柔らかく、足の指で鉛筆を拾ったり、頭を両腕の間から通したりして見せてきた。酢を毎日飲んでるからだと言われて、なんとなく納得しかけたが、今思えば意味がわからない。

Tは奇妙な拳法もやっていた。截拳道とかいう、ブルース・リーが作った武術らしい。庭では竹を削って弓矢を作り、鳩を本気で狙っていた。家に遊びに行ったとき、祖父が軍用犬みたいに犬を訓練していて、弟はトンファーを構え、Tはヌンチャクを振り回していた。

今思い返しても、普通の家庭じゃなかった。ただ当時の俺は、すごいな、変わってるな、くらいにしか思っていなかった。

本当におかしいと思い始めたのは、中学に上がってからだ。

Tはよく「気配がない」と言われていた。気がついたらすぐ隣にいたり、話しかけようとした瞬間にもういなかったりする。体育で整列しているとき、右にいると思って声をかけたら左の列に並んでいた、なんてことが一日に何度も起きた。クラスでは冗談半分に「Tは瞬間移動する」と言われていたが、笑って済ませるには回数が多すぎた。

ある日、Tと一緒に下校していた。俺の右側にいたはずのTが、ふっと消えた。次の瞬間、柵の向こう側、鍵のかかった学校の敷地内へ戻っていく背中が見えた。回り道をしないと入れない場所だ。声も出ず、そのまま立ち尽くした。

家に帰ると、Tはもう自宅にいた。途中で追い抜かれたのかと考えたが、どう考えても辻褄が合わない。

自転車で坂を下っていたときもそうだ。Tが先に角を曲がり、少し遅れて俺が曲がろうとした瞬間、背後からタイヤの擦れる音がした。振り向くと、Tが後ろから追いついてきた。さっき前にいたはずだと口にしかけたが、Tは首を傾げただけだった。

決定的だったのは修学旅行の夜だ。消灯後、薄暗い部屋で皆が寝ていたとき、Tが突然ドサッと音を立てて布団の上に現れた。一メートルほど上から、寝たまま真下に落ちてきた。浮いたのを、俺は確かに見ていた。Tは起きることもなく、そのまま眠り続けていた。

翌朝その話をすると、Tは笑って「あるある」と言った。自分でもよくわからない、さっきまで別の場所にいた気がすることがある、と。靴下を片方なくした程度の軽さだった。

弟に聞いた話もある。電車に乗っていたら、ドアが閉まったあとでTが車外にいたらしい。気づいたら外だったと言われ、家族で引き返したという。今ではTがいなくなっても、またか、で済ませているらしかった。

大学を出て、しばらくしてからTと電話で話したことがある。例の話を振ると、昔よりは減ったが、たまにあると言った。一緒に住んでいた彼女が、寝ていたはずのTがいつの間にか玄関の外に立っていて、怖くなって出ていったとも話していた。

最近、ネットで似た話を読んだ。最初は短い距離だが、だんだん跳ぶ距離が伸びていくらしい。その先がどうなるのかは、誰も書いていなかった。

その記事を読んだ夜、歯を磨こうとして洗面所に向かった。鏡の前に立った瞬間、背中に冷たい感覚が走った。次の瞬間、俺は廊下の端に立っていた。足元には、さっきまで履いていたスリッパが、洗面所の前に揃っていた。

どれくらい時間が飛んだのかはわからない。時計を見ても、針はほとんど動いていなかった。

あのとき、Tの背中を見失った感覚を思い出した。
……あいつ、今どこにいるんだろうな。

[出典:485 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/26 12:51]

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