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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

通り道 nc+

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休日の午後だった。

外出の予定はなく、母も私も家にいた。母は居間で新しく買ったテレビゲームに没頭していて、私は床に座り、猫たちとだらだら過ごしていた。窓は閉まっている。外は静かで、風の音も聞こえない。家の中には、ゲーム機の起動音と、時おり母がボタンを連打する音だけがあった。

この家で、こういう時間を過ごすのは珍しくなかった。母と二人暮らしで、来客もほとんどない。猫が複数いるせいか、家の中には常に微かな物音があり、それを気にすることもなくなっていた。

だから、そのとき感じたものが、はっきりと「違う」と分かった。

廊下の方から、人の気配がした。

音ではなかった。足音も、床の軋みもない。ただ、誰かが「通った」としか言いようのない感覚だった。空気が一瞬、押し分けられたような感じ。私は反射的に顔を上げ、廊下の方を見た。

ほぼ同時に、母も顔を上げた。猫たちも、一斉に動きを止めて、耳を廊下に向けた。

次の瞬間だった。

廊下の端から端へ、影が走り抜けた。

身長は私の腰あたり。私は一五八センチだから、せいぜい一メートル前後だと思う。輪郭は曖昧で、色は濃くも薄くもない。ただ、子供の形をしていた。足音はなかった。畳を踏む気配も、空気を切る音もない。ただ、視界の端から端へ、すっと移動した。

速さは、人が全力で走るよりも少し遅い。だが、迷いがない。一直線に、廊下を横切った。

猫たちは、追いかけなかった。威嚇もしない。ただ、目だけでそれを追い、影が消えた先を、しばらく見つめ続けていた。

私は、声が出なかった。喉が詰まったように動かない。母も同じだったらしく、コントローラーを持ったまま固まっていた。

沈黙が数秒続いたあと、私はようやく口を開いた。

「……今、何か見た?」

母は、こちらを見ずに答えた。

「見た」

声が少し低かった。

「子供だったよね」

一拍置いて、母が言った。

「両手に、シーツみたいなの持ってた」

その瞬間、背中が冷えた。

私は、まだそのことを言っていなかった。

「廊下の端から端に……たたたた、って」

言いながら、私は自分の言葉に違和感を覚えた。足音は、聞こえていない。なのに、走り方のイメージだけが、頭に残っている。

母は、ゆっくりとこちらを向いた。

「同じの、見た」

それだけ言って、再び廊下に視線を戻した。

廊下の先は、寝室と風呂場につながっている。どちらの戸も閉まっている。誰かが隠れる場所はない。そもそも、この家に、私と母以外の人間はいない。

小さい子供が出入りすることもない。親戚の子も来ないし、近所付き合いも薄い。家の構造上、外から勝手に入り込めるような場所もない。

猫たちは、しばらくその場を動かなかった。耳を立て、尾を低くして、警戒しているようだった。

時間が経つにつれ、母は何事もなかったようにゲームを再開した。私は、猫たちの背中を撫でながら、廊下から目を離せなかった。

あれが何だったのか、話題にはしなかった。言葉にすると、形が定まってしまいそうだったからだ。

それ以降、同じものを見ることはなかった。だが、廊下に対する感覚だけが、変わった。何もなくても、そこに「通り道」があるような気がする。誰かが、通る前提で存在している空間。

母も、同じらしかった。廊下を横切るとき、無意識に端を歩くようになった。猫たちも、昼間でも廊下の中央を避ける。

あの影が、何者だったのかは分からない。悪意を感じたわけでもない。危害を加えられたこともない。

ただ、確かにそこにいて、私たちに見られた。

それだけが、今もはっきりと残っている。

[出典:894 :韮弐 :05/01/28 20:10:56 ID:u9OY9P620]

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