高校の頃、暇な夜になると、行旅死亡人(こうりょしぼうにん)の告知サイトを眺めていた。
理由は特にない。怖い話を探していたわけでも、社会問題に関心があったわけでもない。ただ、眠れない深夜に、画面の向こうに並ぶ無名の死が、妙に現実感のない読み物として存在していた。それだけだった。
年齢、性別、発見場所、死亡推定日時。
そして、わずかな所持品の記述。
腐乱遺体、白骨化、身元不明。
どれも自分とは無関係な世界の出来事で、クリックすれば閉じられる距離にあった。
その日も、何となくページをめくっていた。
特定の地域を探していたわけではない。カーソルの動くまま、自治体名を辿っていっただけだ。
ふと、ある告知で指が止まった。
所持品の欄に書かれた名前。
それが、私の大叔父と同じ名前だった。
珍しい名前ではない。全国に何人もいるだろう。そう自分に言い聞かせた。それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。年齢も一致している。発見場所は隣県。遠いが、ありえなくはない距離だった。
画面を閉じようとしたが、閉じられなかった。
その夜は、ほとんど眠れなかった。
確信はない。ただ、根拠のない不安だけが、じわじわと身体の内側に染み込んでくる。
朝になり、仕事に出る前の母に何気なく聞いてみた。
「そういえばさ、大叔父さんって最近どうしてるか知ってる?」
母は一瞬、動きを止めた。
それから、眉をひそめた。
「知らないわよ。もう何年も顔出さないし。葬式にも彼岸にも来ないし、ほんとに何してるんだか」
その言い方が、なぜか妙に現実的だった。
生きているとも、死んでいるとも断定しない言い方。
元々、その人はろくでもない人間だったらしい。薬に手を出し、他人の車を盗んでカーチェイスをしたこともある。家族の間では、いつ消えても不思議じゃない存在だった。
夏休みだった。時間はあった。
行ってみよう、と思ってしまった。
理由は説明できない。確認しなければ気が済まない、という衝動に近かった。もし違っていたら、それで終わりにできる。そう思っていた。
現地に着いて、すぐに分かった。
場所も、日時も、名前も、すべて一致していた。
ドンピシャだった。
行旅死亡人。
文字で見ていたときは、ただの制度上の呼び名だったそれが、急に生々しい現実として迫ってきた。
身元は、最終的にこちらで引き取ることになった。
診察券が所持品として残っていたが、転出届は出ているのに転入届が出されていなかったため、行政上の照合がうまくいかなかったらしい。
骨は、一族の墓に入れた。
ただし、その人だけ戒名がない。墓石にも名前が刻まれていない。
墓の前に立ったとき、妙な感覚があった。
確かにここにいるはずなのに、どこにも属していない。存在だけが宙に浮いているような感じ。
さらに、遺留品の中に、コインロッカーの鍵が一本あった。
どこのロッカーかは分からない。
番号も、駅名も、何も手がかりがなかった。
鍵だけが残り、中身は永遠に確認されない。
その鍵を見た瞬間、強い寒気がした。
まるで、その人の人生の続きが、まだどこかに閉じ込められているように感じたからだ。
それ以来、行旅死亡人のサイトは見ていない。
あのとき感じた、理由のないモヤモヤした不安を、もう一度味わいたくない。
知らなくていいことを、知ってしまった感覚。匿名だと思っていた死が、突然こちら側に踏み込んでくる感覚。
今でも、あのコインロッカーの中身が何だったのか、考えてしまうことがある。
金なのか、薬なのか、それとも、誰にも渡せなかった何かだったのか。
答えは出ない。
出ないまま、鍵だけが記憶に残っている。
死んだのに、終わっていない。
名前も、居場所も、完全には回収されていない。
行旅死亡人という言葉の意味が、本当の意味で分かったのは、そのときだった。
[出典:67 :本当にあった怖い名無し:2018/10/03(水) 21:38:14.88 ID:0JV3sm/b0.net]