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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

塀の向こうの猫 ncw+

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上手く説明できる自信は、正直ない。ただ、あれは確かに見た。

今から二十年ほど前のことだ。当時住んでいた家の近所で、古い家屋の解体工事が行われていた。建物そのものはすでに壊され、更地になっていたが、なぜかブロック塀の一部だけが取り残されていた。

高さは五十センチもない。横幅は三メートルほど。用途を失った残骸というより、最初から意味のない形をしているように見えた。あえて例えるなら、どこかで見覚えのある空き地の情景から、必要な部分だけを雑に削り落としたような、不完全な風景だった。

ある日の昼下がり、私はその前を通りかかった。特別な用事があったわけでもない。買い物の帰りで、天気もよく、周囲には人影も少なかった。

「ニャー」

声がした。

足を止めて見ると、ブロック塀の向こうから猫が顔を出していた。塀の中央あたりから、ちょこんと首から上だけが見えている。白地に狐色の縞。ごく普通の猫の顔だった。こちらと目が合うと、もう一度、短く鳴いた。

猫は好きだったし、解体現場に猫が入り込むこと自体は珍しくない。危険そうな様子もない。何の違和感も覚えず、私は自然に近づいた。

「どうしたの」

声をかけながら、数歩、距離を詰めた。

その瞬間だった。

猫は塀の向こう側で体の向きを変えたらしい。顔がすっと引っ込み、代わりに、尻と尻尾が塀の向こうから現れた。

一瞬、頭が追いつかなかった。

見えているのは、確かに猫の尻だった。さきほどと同じ白地に狐色の縞の尻尾。先端がわずかに揺れている。動きも自然で、不気味なほど「普通」だった。

だが、理解できなかった。

塀の横幅は三メートルほどある。猫一匹の胴の長さで、頭と尻が同時に中央付近に現れる距離ではない。仮に体を横たえたとしても、顔が出ていた位置と、今尻が見えている位置が同じなのはおかしい。

それでも、そこにある。

顔はもう見えない。尻と尻尾だけが、確かに存在している。

背中に、じわりと冷たいものが広がった。怖いというより、状況そのものが掴めず、身体の反応が遅れている感覚だった。

次の瞬間、猫は塀の向こうでくるりと向きを変えたらしく、その尻がすっと引っ込み、そのまま走り去る気配がした。

私は反射的に塀を覗き込んだ。

そこにいたのは、一匹の猫だった。

特別に胴が長いわけでもない。奇妙な動きをするわけでもない。ごく普通の猫が、こちらに背を向けて空き地を横切り、草むらの向こうへ走っていく。後ろ姿は完全に、どこにでもいる猫だった。

私は呆然と、その背中を見送った。

しばらく、その場から動けなかった。見間違いだったのか。錯覚だったのか。二匹いたのか。そう考えて、もう一度、周囲を見渡した。

だが、空き地は見通しがよく、他の生き物の気配はない。逃げ道も限られている。仮に二匹いたなら、どこかで別の動きが視界に入るはずだった。

何より、塀の向こうから見えていた尻尾の柄と、走り去った猫の尻尾の柄は、完全に一致していた。白地に、狐色の縞。

その出来事は、やがて記憶の奥に沈んでいった。誰かに話すほどの確信もなく、日常生活に支障が出るわけでもなかった。ただ、「変なものを見た」という感触だけが、曖昧な形で残っていた。

それから二十年近くが過ぎた。

ある日、ふとしたきっかけで、異様に胴の長い猫の絵を目にした。顔と尻が不自然なほど離れて描かれている。可愛らしいはずの表現なのに、なぜか背筋が冷えた。

その瞬間、あの日の光景が、何の前触れもなく蘇った。

塀の向こうで見えていたもの。顔と尻という、猫を構成する「部分」だけが、順番に、正しく存在していたこと。全体として成立していないのに、どの部分も間違っていなかったこと。

あの猫は、どこまで伸びていたのか。それとも、伸びてなどいなかったのか。そもそも、一匹として存在していたのか。

塀の向こうで、私に見える範囲の「猫」だけが、切り取られるように提示されていただけだったのか。

今でも、答えは出ていない。

ただ一つ確かなのは、あの日、あの場所で、私は一匹の猫としては成立しないものを、確かに猫だと認識してしまったということだ。

後ろ姿が普通だったことが、いちばん怖い。

それはつまり、私の理解のほうが、途中で何かを勝手に補っていたということだからだ。

(了)

[出典:152 :怖い:2013/07/03(水) 17:58:59.00 ID:Soh0JySP0]

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