深夜の保護室で起きたこと
これは、看護師として精神科病院に勤務していた女性から聞いた話だ。
彼女が入職してまだ1年目、夜勤に慣れ始めた頃に体験した、今でも脳裏を離れない出来事だという。
その病院では日常の中に奇妙なことが溶け込んでいる。患者たちの言動はもちろん、音のない廊下や、静寂の中で時計が刻む微かな音さえも、異様な雰囲気を醸し出していた。ある夜勤の日、昼間に入院したばかりの患者について、先輩がこう告げた。「少し癖のある方だから、気をつけてね」。曖昧な言葉だが、経験の浅い彼女にはそれが恐怖をかき立てるには十分だった。
その夜、初めてその患者と対面したときの印象を、彼女ははっきりと覚えているという。目は異様に輝き、まるで獲物を狙う猛獣のようにじっとこちらを見つめていた。話しかけても反応はなく、視線だけがどこまでも深く刺さるようだったという。彼は「保護室」と呼ばれる特殊な部屋で療養することになっていた。その部屋は、刺激を極力排した空間で、患者が自傷や他害を防ぐために設けられている。
夜勤は2人体制で行われ、消灯後は一人ずつ仮眠を取る。彼は19時頃から0時まで眠っていたため、その間は特に問題もなく、病棟は静かだった。彼女は「このまま無事に夜勤が終わる」と楽観していた。
しかし、0時を少し過ぎた頃だった。仮眠中の同僚を残し、一人で見回りをしていると、突如として保護室の方から激しい轟音が響いた。「どかーん!」という爆音に全身が凍りつく。慌てて駆けつけると、彼がパイプベッドを振り回し、扉を破壊しようとしていたのだ。
目を疑った。保護室の頑丈な扉に向かって、彼はまるで金属バットを振るうかのようにベッドフレームを叩きつけ続けている。そのたびに鉄と鉄がぶつかる耳を裂くような音が病棟中に響き渡り、床がわずかに震えるほどだった。他の患者たちも異変に気づき、部屋の中から声を上げ始めた。病棟全体が、今にも崩壊しそうな緊迫感に包まれる。
彼女は恐怖と動揺で心臓が喉元まで跳ね上がるのを感じながらも、同僚を起こし、当直医を呼びに行った。次々と駆けつけたスタッフたちが協力し、なんとか彼を制止することに成功したが、その光景は今でも鮮烈に彼女の記憶に焼き付いているという。
満面の笑みを浮かべながら扉を叩き続ける彼の姿。その表情には人間らしい感情が微塵も感じられなかった。そこにあったのはただ無心の狂気だった。暴れるたびに全身の筋肉が膨れ上がり、見ているだけで背筋が凍る。「人間のリミッターが外れる瞬間を目撃した気がした」と彼女は語る。
当時を振り返るとき、彼女はいつもこう思うという。「もし、あの扉が破られていたら、どうなっていただろう?」想像するだけで背中に冷たいものが走る。病棟で誰かが負傷していたかもしれないし、何より自分が標的にされていた可能性もある。だが、その答えを知る必要がなかったのは、不幸中の幸いだった。
今もなお、保護室での轟音と彼の笑顔は夢に現れることがあるという。看護師という仕事に対する使命感で、彼女は何とかこの体験を心に押し込めている。しかし、それが完全に消える日は来ないだろう。どこかで扉を叩く音が聞こえたら、またあの夜に戻ってしまうかもしれないのだから。
[出典:428 :本当にあった怖い名無し:2024/01/23(火) 14:39:00.98 ID:QBj55jpw0.net]