あの現場では、床下から何かが出ることを、依頼主だけが知っていたらしい。
古い蔵を改築した、小さな平屋だった。二間とキッチンしかなく、重機を入れるまでもない。
現場を見たときは、楽な仕事だと思った。
依頼は、表向きは建設会社だが、裏では筋の悪い連中ともつながっている業者から回ってきた。古い一軒家を一棟、跡形もなく解体してほしい。費用はいくらかかっても構わないという。
その代わり、条件が二つあった。
内装を剝がしたら、外壁に手をつける前に、必ず床下をさらうこと。
もう一つは、依頼主が寄越す人間を現場に入れること。その人物が何をしても、声をかけない。質問もしない。現場で見聞きしたことは口外しない。
当日、立会人と一緒に現れたのは、三十代前半くらいの細身の男だった。
黒いスーツにノーネクタイ。肌が白く、病み上がりのように見えたが、目だけは妙に澄んでいた。
「ヘルメット、いりません」
男はそう言って、ワゴン車から大きなボストンバッグを降ろした。
持ち上げたとき、中で金属がぶつかる音がした。
俺たちは畳を剝がし、床板を外していった。
四畳半には何もなかった。
隣の六畳間に取りかかると、床板の一部だけが新しかった。しかも、そこだけ板が二重に張られている。
若い作業員がバールを差し込んだ。
板が外れた瞬間、男がバッグを開けた。
中から出てきたのは、白く濁った液体の入った四合瓶、マスク、それから金箔を貼った奇妙な道具だった。
中央に握り手があり、両端が鋭く尖っている。
用途はわからなかった。
「なんだ、これ」
若い作業員が、床下をのぞき込んだまま動かなくなった。
土の中から、歯が見えていた。
人間のものではない。顎が異様に長く、歯の一本一本が太い。
掘り進めると、一メートルを超える獣の骨格が現れた。四足獣らしいが、犬にしては大きすぎる。頭蓋骨の形も、俺の知っている動物とはどこか違っていた。
男は驚かなかった。
初めからそこにあると知っていたようにしゃがみ込み、土を払い、骨を一つずつ皿のような器に載せた。白濁した液体をかけ、金色の道具で骨に触れてから、黒い袋へ収めていく。
作業が終わるまで、誰も口を開かなかった。
骨をすべて回収すると、男は立ち上がった。
「もう二つ、お願いします」
その日、初めて俺たちに向けた言葉だった。
「この真上の天井裏に、小さな香炉があります。それはいりません。そちらで処分してください。あと、車に炭を積んであります。骨があった場所に埋めてください」
天井裏を確認すると、本当に香炉があった。
緑色の石でできた、小ぶりなものだった。埃をかぶっているのに、表面だけが濡れたように光っていた。
「ヒスイじゃねえのか。売ったら高いぞ」
仲間の一人が言った。
誰も笑わなかった。
香炉は、ほかの廃材と一緒に処分した。男が持ってきた炭は、骨のあった穴に埋めた。
解体は予定どおり終わった。
男は骨の入った袋をボストンバッグに戻して持ち帰った。
それだけだった。
数か月後、どうしても気になって、あの家について調べた。
所有者は、誰でも名前を知っている大企業だった。町には別に社員寮があったが、あの家だけは、家族を連れて赴任してきた若手社員にあてがわれていたらしい。
入居期間は、どの家族も二、三年ほど。
そして奇妙なことに、その間に家族の誰かが亡くなっていた。
病死もあった。自殺もあった。子どもがトラックに轢かれた家族もいた。
死因にも年代にも共通点はない。
同じなのは、あの家に住んでいたことだけだった。
その後、土地は更地になった。
それから三年ほど経ったころ、知人に頼まれて参院選の応援へ行った。
保守系候補者の事務所で、支援者に資料を配っていたときだった。
奥から、見覚えのある男が出てきた。
黒いスーツにノーネクタイ。胸には地元秘書の名札をつけていた。
あの男だった。
向こうも俺に気づいた。
一瞬だけ驚いた顔をしたあと、にやりと笑った。
「へえ……この間はどうも」
男は俺の顔をじっと見た。
「ご健在でしたか。それは何より」
握手を求めるように右手を差し出してきた。
俺は動けなかった。
「あの香炉、ちゃんと処分なさったんですね。誠実にお仕事をしていただいて助かりました」
男は声を潜めた。
「変な考えを起こしていたら、今ここにはいませんから」
それから、何事もなかったように笑った。
「投票、よろしくお願いしますね」
男の背後には、候補者のポスターが隙間なく貼られていた。
どのポスターにも、同じ言葉が大きく印刷されていた。
――家族が安心して暮らせる町へ。
[出典:831 本当にあった怖い名無し 2012/12/01(土) 17:37:25.03 ID:FS5WQPeV0]