俺が高校生だった頃の話。
両親が旅行に出かけて、俺は一人でお婆ちゃんのとこにいった。
婆ちゃんはよく近所の孤児院でボランティアをしてて、俺もこっちでよく介護のボランティアとかしてたから手伝いにいった。
孤児院といっても田舎だからそんな大それたものじゃなくて、小さな学童保育所みたいな場所だった。
そこには親がいなくても元気な子供たちがたくさんいて、年が近いおかげかすぐに打ち解けることができた。
昼休み。俺とみんなでサッカーをしようって話になって、みんなで外に出た。
そん時に点呼を取ったんだけど、どうも一人足りない。
で、院内を見て周ったら子供が一人別の部屋でうずくまってる。
「どうしたの?」って声をかけてもなかなか返事をしない。
それでよく耳をすませたら何かを削るような音が聞こえた。
手元を見てみたら何か描いてるんだ。
「何描いてるの?」
「……」
「ねぇ?」
「……」
「みんなサッカーやるよ?来ないの?」
「……ぇ」
「?」
小さい声でなんか言ってるんだ。
「ねぇ、赤い橋って知ってる?」
「赤い橋?」
そんなもの世界にはいくつもあるが……
「赤い橋って…知ってる?」
「うん、赤い橋ねぇ……?まあいくつかな……」
「ネエアカイハシッテシッテル?」
「ネエアカイハシッテシッテル?」
「ネエアカイハシッテシッテル?」
「ネエアカイハシッテシッテル?」
その子の手元には、赤のクレヨンがなくなるほど隅々まで書きなぐられた赤い画用紙と、その中に黒でうっすらと見える橋のようなもの。
彼は、少し、壊れている。
その時後ろから小さな声で呼ばれて、振り返ったら先生がいた。
先生が小さく手招きしてて、彼はずっと何かぶつぶつつぶやいてるから収拾がつかなくなってる。
きっとこれのことだろうと思って聞いてみると案の定彼のことだった。
彼は先天的にこうだったわけじゃないらしい。
彼が孤児院に連れられた理由は分からないが、警察に連れられてここへ来たらしい。
警察がらみということはつまりそういうことかなと、なんとなく考えた。
……その時は。
それから、職員の人たちは彼を腫物みたいに扱ったらしいんだ。
決して彼を傷つけないように。
傷つけるとすぐにアレだから。
ここに来る子供はみんなしばらくすると治るらしいんだけど、彼は1か月その状態が続いているらしい。
で、その日の夜。
俺はやたらめったら仕事を受け続けてたから、このあたりが早めに暗くなる事に気が付かなかったんだ。
田舎に帰るのも久しぶりだし、暗くなるとリアルに右も左もわからない状態になるんだ。
街灯もなくて、入り口についたときはもうなんか暗闇に吸い込まれるんじゃないかって思うぐらい暗かった。
下駄箱までいくと、下駄箱の中になんかくしゃくしゃにまとまったものが入っていた。
なんだかわからないけどとりあえず引っ張り出してみたら、それは紙だった。
なんか嫌な予感はしてたけどそれを広げてみた。
そしたら、昼間見たあの絵が俺の下駄箱に入っていたんだ。
「ネエアカイハシッテシッテル?」
それだけで俺は暗闇に逃げた。
後ろから声がした。
彼がいた。
それからしばらく走ってどれくらい過ぎたか分からない頃、俺の目の前に明るいものが見えた。
このあたりはコンビニとかもないから遠くからでもひときわ明るく見えた。
近くによって見てみたら、それは街灯のついた橋だった。
田んぼをまたいでかかってた橋は最近できたのかなと思うくらい綺麗だった。
ここに来るにはこの田んぼを越えなければこっちには来れなくて不便だからつけたのかな?
来るときは車だったから気づかなかったけど……
それでここを通れば見慣れた道が向こうに見えるから通ればいいやと思って通ったんだ。
それが間違いだった。
ちょっとお年寄りにはきついんじゃないかってくらい長い階段があったから、その階段の手すりに手をかけた。
そしたら上から『ポタッ』って冷たいものが落ちてきた。
何かなと思って手をぬぐってみて後悔した。
……なんか赤いのよ。
よせばいいのに上を向いたら。
顔やら手やら足やらを無造作にくっつけたみたいな肉片が、ぶら下がってた。
俺はその階段を全速力で登ろうとした。
そしたら急に力が抜けてずっこけた。
ビシャッ……
階段の頂上から赤いペンキみたいなのが垂れてきてる。
下からは肉片みたいなのが来てる。
俺は這うようにしてやっとこさ頂上に出た。
一番明るいところに出て、おそるおそる振り返ったらもうあの肉片は見えなくなっていた。
いや、追わなかっただけで暗闇で見てたかもしれないけど。
俺は安心して手すりによりかかった。
そしたら急にエンジン音が聞こえてきた。
やっとまともなものに出会えると思った。橋の向こうがわから聞こえてくるエンジン音なら……
それは一般的な大型トラックだった。
これで助けを呼べる。そう思った。
その運転席に人が乗ってれば……
でもよく考えたらおかしいんだ。
こんな真っ赤な橋の上で、しかも階段がある橋で、トラックがくるはずがないんだ。
トラックは、真っ直ぐ進んでいるように見えた。
でもよく見たら徐々にこっちに向かって進んできていた。
俺は必死で逃げようとした。
でも、忘れていた。足が動かないことを。ここまで来た時のことを。
「------!!----!!」
もうなんかパニックになってわけのわからないこと叫んでた。何叫んでたかは覚えてない。
徐々にトラックがこっちにくる。俺はもうだめだとあきらめた。
その時、手をかけていた手すりからずるっと落ちた。
落ちる瞬間最後に見たのは、明りの消えた橋だった。
しばらくして目を覚ましたら、俺は田んぼの中心で寝そべっていたんだ。
驚いてあたりを見回してもそんな橋なんてどこにもない。
だから今日一日張り切りすぎて疲れたのかなと思っだ。
でも、俺の着ていたTシャツからはものすごい鉄の匂いを感じだ。
それだけで、俺は疲れていた訳ではないと悟ったんだ。
次の日の夜、案の定部屋の隅であの絵をかいていた彼に声をかけた。
「ねぇ、赤い橋って何?」
「……」
何も、答えてくれはしない。
だが俺は大体わかってた。
その日、孤児院に警察の人が来た。先生が連絡したらしい。
「ねぇ」
そして、彼がなぜああなったのかを知った。
彼は、ここに来る前に家族全員で事故にあった。
そして、そこで彼は生き残りだったんだ。
……で、見てしまった。
そのショックで、こうなってしまったらしい。
「あ、」
彼が、何かに反応を示した。
それが、俺の後ろだった。
「おかあさんだ!」
「え?」
まさか、と思いながら振り返ったら、あの、肉片みたいなのが……
(了)