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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

信号は誰が押したのか rw+9,339-0117

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五年前のことだと聞いた。

近所の国道に、押しボタン式の横断歩道がある。片側二車線で、昼夜を問わず交通量が多い。そこを、数人が青信号で渡っていた。

通りかかった男性は横断するつもりがなく、歩道の端をゆっくり歩いていた。視界の端で、何かがおかしいと感じたのは、そのときだ。

走行車線側から、一台の車が近づいてきていた。速度が落ちていない。追い越し車線の車は止まっているのに、その車だけが、流れを無視したまま進んでくる。

次の瞬間、車はブレーキをかけることなく横断歩道に突っ込んだ。

女性が跳ね飛ばされた。音は、思っていたより軽かった。人が倒れる音というより、荷物が落ちたような乾いた響きだった。

車は少し先で止まった。エアバッグが開いたかどうかは覚えていない。ただ、運転席に座ったままの人影が、妙に静かだったことだけが残っている。

男性は携帯を取り出し、通報した。倒れた女性は動かなかった。血が、横断歩道の白線をゆっくり塗りつぶしていくのを見て、助からないと分かった。

女性が横断歩道の中央に倒れているため、後続の車は動けず、道路はすぐに詰まった。男性は「事故です」と声を張り上げて回ったが、あとで思えば、何をどうすればいいのか分からず、ただ動いていただけだった。

やがて、車から二人が降りてきた。運転席と助手席に乗っていた中年の女性だった。

二人は倒れている女性を見下ろし、大きな声で叫び始めた。

「あんた、急に出てきたら危ないでしょ」
「なんで渡ってるのよ」

その場にいた誰もが、言葉を失った。混乱しているのだろう、と最初は思った。しかし、警察が到着し、事情を聞き始めても、彼女たちの態度は変わらなかった。

信号を見ていなかったこと。会話に夢中だったこと。前をよく見ていなかったこと。
それらは反省ではなく、理由として語られた。

まるで、そうだったのだから仕方がない、と言いたげだった。

警官の声が次第に強くなる。

「轢いたのは事実だ」
「今さら何を言っても遅い」
「人が死んでる」

最後に、怒鳴るような声が響いた。

「あんたは、人を一人殺したんだ」

その瞬間、男性は初めて、倒れている女性を「死体」として認識した。

事故そのものより、運転手の態度が胸に残った。なぜ、こんな人間の判断の外側で、誰かが死ななければならなかったのか。その答えは、どこにもなかった。

それ以来、男性はその横断歩道を避けるようになった。だが、別の道を通っても、なぜか同じ光景が頭に浮かぶ。

信号が変わる直前、止まっているはずの車が、わずかに前に出る気がする。
横断歩道の中央に、何もないはずなのに、視線が引っかかる。

押しボタン式の信号は、誰も触れていないのに、青になることがある。

そのたびに、男性は立ち止まる。
あの日、立ち止まらなかった人間が、誰だったのかを思い出そうとして。

だが、いつも途中で分からなくなる。

横断歩道に立っているのが、誰だったのか。
渡っていたのが、誰だったのか。
車に乗っていたのが、本当に二人だけだったのか。

信号は、今日も静かに変わる。

[出典:10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/12(木) 15:21:21.21 ID:cr8jYNDw0]

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