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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2026

鳴っていない音 nc+

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娘が三歳の頃のことだ。

夫と三人で、観光会社の企画した日帰りのバス旅行に参加した。集合は早朝で、まだ眠気の残る時間帯だった。娘は家を出てすぐに夫の腕の中で眠ってしまい、そのままバスの座席でも起きる気配がなかった。

発車してしばらくは、特に変わったことはなかった。隣の席の老夫婦が小声で会話しているのが聞こえ、前方からはガイドの淡々とした案内が流れてくる。エンジン音と路面を擦るタイヤの振動が心地よくて、私もうとうとし始めていた。

そのときだ。

ピコーン、ピコーン。

はっきりと、電子音が聞こえた。家庭用の機器やレジの操作音に近い、妙に生活感のある音だった。最初は誰かのスマートフォンだと思った。だが、音は一定の間隔で繰り返され、しかも車内放送のスピーカーから鳴っているように感じられた。

私は顔を上げて、前方を見た。ガイドは話を続けているし、運転手も何事もないようにハンドルを握っている。周囲の乗客も誰一人として反応していない。

ピコーン、ピコーン。

その瞬間、胸の奥に嫌な感覚が走った。理由は分からない。ただ直感的に、この音は警告だと思った。

頭の中に、唐突なイメージが浮かんだ。
高速道路の入り口で、バスが急停車する。
減速が間に合わず、前のめりになる乗客たち。
床に転がる荷物。
悲鳴。

私は反射的に行動していた。膝の上に置いていたバッグを抱え込み、足元に転がりそうな手荷物を引き寄せる。隣を見ると、夫も同じように娘を抱き直し、腕に力を込めていた。

「……ねえ」

声をかけようとしたが、言葉が続かなかった。夫の表情を見て、何も言わなくていいと思った。彼も私と同じことを考えている、と確信できたからだ。

ピコーン、ピコーン。

音は、バスが高速道路の料金所へ近づくにつれて、やけに鮮明になっていった。鼓動が早くなり、背中にじっとりと汗がにじむ。

そして、次の瞬間。

キィィィッ、と強烈なブレーキ音が鳴り、バスが大きく揺れた。前方の座席に身体を打ちつける人、通路に荷物が飛び出す音、あちこちから上がる驚きの声。

想像していた通りだった。

それでも、娘は起きなかった。夫の腕の中で、規則正しい寝息を立てたままだった。私も、どこも怪我をしていなかった。

停車後、車内は一時騒然としたが、大きな事故にはならなかったことが分かると、次第に落ち着きを取り戻した。運転手が、ETCカードの確認ミスで急停車したと説明した。

私は、あの音のことを思い出していた。急停車の瞬間、あれほどはっきり聞こえていたピコーンという音が、まるでスイッチを切ったように消えていた。

旅行が終わり、家に帰ってからも、胸のざわつきは消えなかった。夕食の後、夫に切り出した。

「ねえ。バスで、アラームみたいな音、聞こえなかった?」

夫は一瞬考え込んでから、首を横に振った。

「いや。何も聞いてない。でも……」

そこで言葉を切り、娘の寝顔を見た。

「急に嫌な予感がした。あの少し前から。だから、抱き方を変えた」

背筋が冷えた。

後日、同じツアーに参加していた知人にそれとなく聞いてみたが、誰もアラーム音のことは知らなかった。ガイドにも確認したが、車内で警告音が鳴る装置は作動していないと言われた。

それでも、私の耳には確かに残っている。
あの、やけに生活感のある電子音。
警告とも、合図とも取れる音。

それからしばらくして、スーパーのセルフレジに並んでいたとき、不意に同じ音を聞いた。ピコーン。
思わず振り向いたが、何も起きなかった。ただの会計完了の音だった。

その瞬間、背中を冷たいものが走った。

あの音は、危険を知らせるものだったのか。
それとも、危険が起きたときに、後から私の中で鳴る音なのか。

今でも分からない。ただ一つ確かなのは、あのとき以来、私はアラーム音を「聞く」たびに、必ず周囲の安全を確認するようになったということだ。

音は、今もどこかで鳴っている気がしてならない。

[出典:167 :可愛い奥様@\(^o^)/:2017/09/06(水) 17:35:14.26 ID:tnkxnw230.net]

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