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アフンチャロエクの窓 r+4,594

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高校を卒業するまで住んでいた町の外れに、例の白い二階建てがあった。

今では「幽霊屋敷」と呼ばれている、あの家だ。
庭は広く、建物も立派で、外から見る分にはなぜそこが空き家なのか不思議だった。だが俺は知っている。いや、知ってしまった。

住んでいたのは、四人家族だった。父親は大学教授、母親はおっとりした雰囲気の人で、姉妹もいて、たしか姉が俺と同い年くらいだった。
だが引っ越して一ヶ月ほどで、あの事件が起きた。

首を吊った父親。絞殺された母親と姉。唯一生き延びた妹がいた。父親が姉を殺す現場を目撃して、とっさに隠れて助かったらしい。
その子は遠縁の親戚に引き取られて、町から姿を消した。

それからというもの、あの家は取り壊されるでもなく、ただ空き家として残されていた。
異様なほど綺麗なまま。埃に沈むだけの家具と器物。
その静けさが、かえって生々しかった。

あれは、高校一年の夏だった。
唐沢と武井、俺の三人で、探検に行こうと計画した。
もちろん「写真を撮って、学校で自慢しようぜ」なんてノリだった。
今思えば、無知で鈍くさく、無邪気で……愚かだった。

夜十時過ぎ、公園に集合し、自転車で家に向かった。
白く浮かび上がるような二階家は、街から隔絶された異物に見えた。
まるで、そこだけ別の時間が流れているようだった。

家は施錠され、板が打ち付けられていた。
だが勝手口の小窓だけ、工夫すれば入れそうだった。
裏手に転がっていた木箱を積み上げ、俺たちは釘を抜き、ガラスを割って侵入した。

中は台所だった。
埃はあるが、まるで人が昨日までいたように整っていて、食器棚の中の皿なんて、今すぐ使えそうなほどだった。
俺たちは興奮しながら写真を撮った。
その時、唐沢の手から血が落ちているのに気づいた。

「ガラスでちょっと切っただけ、大丈夫」
そう言って、彼はリビングへ歩き出した。

埃まみれのリビングには、止まった大きな時計があった。
事件の日に止まったのか、ただの偶然かはわからない。
だが針が指していた時間だけが、妙に記憶に焼きついている。

廊下へ出ると、空気が変わった。
重い。まとわりつくような気配。
懐中電灯で照らすと、左のドアに何枚かの御札が貼られていた。

右のドアは風呂とトイレで、特に異常はなかった。
だが左、御札のドアを開けたとき――それは書斎だった。
奇妙な仮面や装飾、得体の知れない置物、読めない文字の本。
そして、唐沢が見つけた油紙の包み。

それは、「アフンチャロエク」と記された異様な小物だった。
土器のような、皿のような、装飾のされた不定形な平板。

「血、つけるなよ」

武井が唐沢の手に気づき、そう言った瞬間。
ギシ……ギシ……と、家が鳴った。

最初は地震かと思った。
けれどその音は、まるで「何か」が蠢いているような……そんな感じだった。

『戦利品』を戻して、二階へ向かおうとした時だった。
俺が玄関で二人を写真に撮っていたら、彼らの視線が俺の背後へ向いた。

振り返ると――書斎のドアが、ゆっくりと開いていた。

次の瞬間、唐沢が階段を駆け上がった。
俺と武井もそれに続き、悲鳴をあげながら二階へ逃げた。

窓は新聞紙で覆われ、空気は凍るようだった。
息を殺し、物音を伺っていると、下から声がした。

「ぉーぃ」

助けかと思った武井が叫んだが、返ってきたのは低くて冷たい声。

「ここにいるのか」

ドアのすぐ向こうだった。
恐怖で唐沢は呟き始めた。「逃げなきゃ…逃げなきゃ…」
武井はうずくまり、震えているだけだった。

俺は窓から逃げようとしたが、新聞紙を剥がして振り返った時、
唐沢と武井が無言で立っていた。背を向けたまま。

「ロープがあるから、持ってくるよ」
「そうだね」

抑揚のない声でそう言い、彼らはドアを開けて出て行った。
俺は恐怖で声も出せず、部屋の隅にうずくまっていた。

やがて、隣室から聞こえる話し声。そして――

「ゲラゲラゲラ……ゲラゲラゲラ……」

あの二人とは思えない、異様な笑い声。

俺は窓の鍵を開けようとした。が、開かない。
ガラスを叩いても割れない。焦るうちに、彼らが戻ってきた。
二本のロープを持って。

窓を開けた彼らは、こう言った。

「ここに縛りつけよう」
「そうだね」

次の瞬間、机が動き、何かが引きずられ――
『ビタン……ビタビタン……』という音とともに、すべてが静かになった。

俺は、もう窓に近づくこともできなかった。
机に置かれた三本目のロープ――その輪を見つめながら、俺はただ、震えていた。

そのとき、ふと気配を感じて振り返ると、
窓に……あの二人の目だけが、半円の影となって覗いていた。

「ずっと待っているよ」
「そうだね」

その声を合図に、また廊下から軋む音が迫ってきた。
俺は押入れに飛び込んだ。もはやそれしかなかった。

……
最後の記憶は、強い光と、何かの声。
「ここにはいません!」と泣き叫んだあの瞬間。

俺は押入れで発見され、警察に保護された。
唐沢と武井は、二階の窓から首を吊って死んでいた。

薬物も痕跡もなく、ただ「心因性ヒステリーによる集団自殺」とされた。
俺の証言はほとんど無視された。だが、警察はこうも言った。

「また押入れで助かった、か……」

書斎の写真には、見知らぬ誰かが写っていたらしい。
誰かは教えてくれなかった。写真も戻ってこなかった。

アフンチャロエク――あれは、「冥界への道」を意味する言葉らしい。

そして今も。
俺の部屋の窓には、夜になると……
あの二人の目だけが、静かに覗いている。

「ずっと待っているよ」
「そうだね」

もう俺には、それが幻覚だと断言する自信がない。

(了)

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