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短編 山にまつわる怖い話

日本アルプスでの滑落事故 r+3877

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あれは30年ほど前の話だ。登山好きだった叔父が、夏の日本アルプスに一人で向かったときの出来事。おそらく当時は20代後半だったはずだ。

山行の目的地は、標高3000メートル近い峰。冬山であれば命がけだが、季節は夏。緊張感を持ちながらも、気軽な気分での単独登山だったという。

その日、叔父は油断していたわけではない。だが、気づいたときにはすでに滑落していた。急斜面を数十メートルも滑り落ち、最後は宙に投げ出されるように放り出された。辛うじて止まったのは、垂直に近い崖の途中に突き出た小さな岩棚だった。

息が詰まり、全身の感覚は麻痺していた。それでもなんとか目を開けて状況を確認しようとした。すると、そこには人がいた。

信じがたい光景だった。崖の途中にいるその男は、Tシャツに短パン、足元はビーサン。そして片手には缶ビールを持っていた。あまりに場違いな姿に、叔父は混乱した。それでもその若い男は驚き、狼狽しながらも声をかけてきた。

「うわ、だ、大丈夫? あ、あ、あ、足が……!」

明らかに取り乱した様子だったが、彼は叔父を岩壁沿いに引き上げ、安全な体勢に整えてくれた。そして、「助けを呼んできます!」と告げると、身軽な様子で崖を登り始めた。

とはいえ、その男は山について完全な素人のようだった。助けを呼ぶ前に、「どうやって説明したらいいんですか」「どこに連絡したらいいんですか」と、次々に質問を投げかけてきた。叔父は命の危険にさらされながらも、その都度説明するのに苦労したという。

それでも男は山小屋まで連絡を届けてくれ、数時間後には救助隊が到着。叔父は救出された。両足を含む5か所以上の骨折、内臓損傷という重傷だったが、命は助かった。

ただし、助けてくれたあの男の姿は、いつの間にか消えていた。山小屋のスタッフによれば、下山する姿を誰も見ておらず、入山記録もないという。その後、男を探すための捜索が行われたものの、結局発見されることはなかった。

そもそも、そんな軽装で絶壁にいること自体が不自然だ。崖を登っていく際、ザイルなどの装備も使わなかったようだし、助けを呼ぶと言いながら、どうやって岩壁を登りきったのかも謎のままだった。

叔父はこう語っていた。

「山の神様かとも思ったけど、どう見ても生身の人間だったな。それに、あの岩棚にはタバコの吸い殻と缶ビールのプルタブが残されてた。神様がそんなことするかよ。」

確かに、非日常的な場面では人の記憶も曖昧になることがある。ビーサンや缶ビールという記憶も、極限状態にあった叔父が混乱の中で見た幻の可能性もある。あるいは、本当にそういう風変わりな人物が存在したのかもしれない。

救助が終わった後、誰も知らない彼の姿が消えたままというのもまた、謎めいた物語に深みを加えているようだった。

しかし、この話にはさらに考えさせられる要素がある。叔父の命を救った人物が本当に実在していたとして、その行動や状況があまりにも常識を逸脱しているのだ。

まず、Tシャツに短パン、ビーサンという装いは、登山の装備として完全に不適切だ。それも日本アルプスのような3000メートル級の山ではなおさらだ。山を知らない者がそのような軽装で、絶壁のような場所にいるのは危険極まりない。それでも、その人物はスムーズに岩棚へ降り、叔父を引き上げた。しかも、両手には缶ビールとタバコを持っていたという。

考えられる仮説のひとつとして、叔父自身の記憶違いがある。命の危機に瀕し、意識が朦朧とする中で、普通の登山者を異常な姿に記憶してしまった可能性。たとえば、軽い登山シューズをビーサンに見間違え、アウトドア用のペットボトルや器具を缶ビールに錯覚したのかもしれない。

一方で、吸い殻やプルタブの存在は記憶違いでは説明がつかない。確かにその場に残されていた物理的な証拠だからだ。彼が本当にいたならば、助けに来た後、救助の依頼を済ませるとともに、誰にも見られず山を下りたのだろうか。もしそうなら、その動きの速さや技術は常人離れしている。

さらに不可解なのは、山小屋に現れたという証言があるにもかかわらず、誰もその後の足取りを追えなかった点だ。入山記録がない以上、正規の登山者ではない可能性が高いが、それでも山中であれほどの技術を持ちながら、足跡一つ残さないように下山するというのは普通では考えられない。

あるいは、登山や冒険を愛しながらも、形式に縛られない自由奔放な人物だったのだろうか。常識に縛られず、危険を顧みない冒険者――そんな人物像が浮かび上がるが、それでもあの状況での行動はやはり常軌を逸している。

叔父はこの話を語るたびに、半分笑いながら、半分真剣にこう言った。

「山に入ると、たまに普通じゃないやつに会うんだよ。あれが人間だったのかどうかなんてわからねえ。でもまあ、助けてくれたんだから、ありがたかったよ。」

そして最後には、あの男が残した缶ビールのプルタブを思い出すように目を細め、少し寂しそうに笑うのが常だった。

もしかしたら、本当に山の神様が人間の姿を借りて現れたのかもしれない。あるいは、人が極限状況で出会う不思議な存在――心の中の幻影だったのかもしれない。それでも、事実として叔父は助かった。そしてその出来事は、彼が生きた証とともに、家族や親戚の中で語り継がれている。

|でもクライマーが岩場で酒なんか飲まないだろ。
|あれは沢より死ぬ確率のバカ高い危険なスポーツだ。
|そんな気楽に出来るもんじゃないし、やったことのある奴なら
|絶対に岩場で酒なんか飲めない。
|判断が狂うからな。

この間、そのおじさんの法事で集まったときに、俺は初めてその話を耳にした。

生前に直接本人から聞けなかったのが、本当に心残りだ。

話を全部書くと長くなるから、だいぶ端折るけど、そのおじさんはどうもフリークライミングの人ではなかったらしい。

山小屋に現れたときの姿がまた印象的で、ビーサンに缶ビールという格好だったらしい。小屋のスタッフも、後になって「あんな無謀な装備で、どうして初心者がここまでたどり着けたんだろう?」と不思議がっていたらしいんだ。

(了)

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