短編 洒落にならない怖い話

赤児を返せ【ゆっくり朗読】2600

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高校生の時に体験した話です。

私たちは修学旅行で、ある海に行きました。

グループ毎にホテルの部屋をあてがわれたのですが、私のいたグループは、古川、村山、夏木、私というメンバーで、みんながみんな、いわゆる不良でした。

夜になって、他のグループはみんな就寝しましたが、当然私たちのグループがおとなしく眠るはずがありません。

結局女子の部屋に行こうなんていう流れになり、その場も「いいねえ」という雰囲気になりました。

村山が

「と言ってもうちのクラスの女最悪だから、他のクラスの女にしようや」

ということで私たちのクラスがいたホテルから少し離れた場所に宿を取っていたクラスの女子の部屋に行くことになりました。

私たちはこのとき、夏木が一切口をきいていなかったことに気づきませんでした。

前もって公衆電話からそのクラスの女子のポケベルに連絡をいれ、入れるようにしておいてくれ、と伝えてから、とりあえずホテルを抜け出しました。

ホテルの裏側は海岸で砂浜になっており、私たちは月明かりで見えるほどの岸壁沿いを歩いて目的のクラスのホテルに向かいました。

50メートルほど歩いた時だったでしょうか。

夏木がぼそっと呟きました。

「ここは嫌な感じがする……帰った方がいい」

彼は快活で、いつも笑いを振りまくような男だったのですが、そのときの彼の声は今までに聞いたことがないほど、真剣で思い口調でした。

さすがに一瞬私たちもドキッとしたのですが、その動揺は、

「お前、霊感とかあんの?怖がってるだけじゃねえの?」

という古川の言葉にかき消されました。

いや、みんなも意識的に消そうとしていたのでしょう、その場が小さな笑い声で包まれました。

ところが、

「違う!そんなんじゃない。どうなっても知らないぞ!」

と夏木は強い口調で反発しました。

ただ私たちも、もう乗ってしまった流れを止めるわけにはいかず、

村山の「あほらしい。行くぞ」という一言で歩を進めることにしました。

夏木はそれからは黙って歩いていました。

100メートルくらい来た時でしょうか。

何十メートルか先の波打ち際に人影が見えました。

その人影はどうやら海を見ながら歩いている様子でした。

私たちは、教師が見回りをしているかもしれないと思い、咄嗟に岸壁を背に身を屈めました。

その人影が波打ち際を歩き、徐々にその影が大きく見えてきました。

ただその人影は何か異様な雰囲気を漂わせていました。

やがてその姿がはっきりとした形になってきました。

その人影は長い髪の女性でした。

「こんな時間に変だよな?」

「ただの散歩じゃねえの?」

「夢遊病とかじゃねえ?」

などと勝手なことを言っていたのですが、私はふと夏木のことが気になりました。

彼の方を見ると、俯いて震えながら何やら言っています。

耳をそばだててみると、

「助けてください……、助けてください……」

と繰り返しているではありませんか。

女性は私たちの見える場所で海を見ながら、つまり、私たちに背を向けて一旦立ち止まりました。

さすがに私もヤバイものなのではないか、という気持ちが強くなり、みんなに帰らないかということを合図しました。

ただ、そんなことを聞くような連中ではありません。

とりあえず、その女性が通り過ぎるまで待機しようという村山の合図もあって、とりあえず女性の様子を見守っていました。

すると突然、女性が大声で叫び、騒ぎ始めました。

「私の赤ちゃんを返せ!!私の赤ちゃんを返せ!!」

髪を振り乱すように騒いでいます。

私たちはさすがに怖くなり慌てましたが、今ここで声を出して逃げ出すわけにはいきません。

少し気の触れた人かもしれませんし、ともかく更に息を潜めてその様子を見守っていました。

何十秒、何分経ったかわかりませんが、女性は海に向かって叫び狂っています。

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そしてそれは突然のことでした。

女性は私たちの方に体の向きを変え、突然走って私たちに向かってきたのです。

「お前らか!!お前らか!!」

恐らくそう言っていたと思います。

私たちは大慌てで逃げ出しました。

ところが夏木だけがその女性に向かって走り出したのです。

「おい、何やってるんだ!逃げろ!!」

そう言う私たちに見向きもせず、夏木は「うわーっ!」と叫び声を上げながら走っています。

正直私たちに夏木をかまっている余裕などありませんでした。

とにかく大急ぎで私たちは自分たちの部屋に戻りました。

各々が自らの身体を抱きかかえるようにし、息を整え、震えを沈めようとしていました。

しばらく時間が過ぎましたが、夏木はまだ帰って来ません。

幾分落ち着きを取り戻していた私たちは、さすがに夏木の事が心配になり、誰が言うでもなく、先程の場所に戻ってみようということになりました。

護身用の武器を持って。

私たちは一団となって、恐る恐る現場の方に向かいました。

ところがその場所の方には全く人影が見えません。

不審に思った私たちは駆け出すようにその場所に行きましたがやはり誰もいません。もちろん夏木もです。

辺りを調べてみましたが、やはり見つかりません。

困り果てた私たちは仕方なく教師に事情を話すため、教師の部屋に向かうことにしました。

教師に一部始終を話しました。

ところが普段から素行が悪かった私たちの話など信用してくれるわけがありません。

埒があかないと思った私たちはとりあえず部屋に戻り、夏木の帰りを待ちました。

当然眠る者など誰もいません。

何時間経ったでしょうか。私たちはうとうとしていたようです。

その声で、私たちは目を覚ましました。

「おい!起きろ!!」

教師の声が私たちをたたき起こしました。

教師の顔を見た瞬間、私は最悪を予想しました。

そして的中したのでした………

朝、釣り人が、夏木の死体を発見したそうです。

夏木は溺死ということでした。

ただ不審なのは、水の浅い場所で死んでいたことでした。

泳いで溺れて流されたわけではなく、足を砂浜の方に向け、顔を沈めてその場所で死んでいたとしか思えないということなのです。

誰かに頭を抑えられて死んだように………

それから、私たちは各々違う進路を進みました。

古川は大阪村山は東京に就職、私は京都の大学に進学しました。

卒業から1年半ほど経った夏、ふたつめの不幸が訪れました。

村山が亡くなったのです。

海水浴に出かけ、泳いでいる時に波に飲まれて水死したということでした。

村山の葬式の後、古川と私は、村山と夏木の死を偶然で、結びつきのないものだと考えるようにしようと、話し合いましたが、各々内心怯えきっていました。

それからは何もない日々が過ぎ、村山と夏木の死も心の隅に追いやっていました。

卒業から5年経っていました。

古川は結婚し、女の子を一人もうけていました。

私は単位の関係で大学にまだいなくてはならず、学生生活を楽しんでいました。

そんなある日、私の家の電話が鳴りました。

それは聞き覚えのない男性の声でした。

そして驚くべき事を耳にしました。

「古川の妻の父です。古川君が海で溺れて亡くなりました……」

古川は家族で、海水浴に行きました。

そこで、ボートに乗っていたのですが、2歳になる娘さんが何かに呼ばれるように海に転落したのです。

そしてそれを助けるために古川が海に飛び込んだのですが、娘さんが暴れるので思うようにいかなかったようです。

カナヅチの奥さんが周りに必死に助けを呼んだそうですが、助けは間に合わず、古川と娘さんは亡くなったそうです。

奥さんもそのことが原因で精神を病んでしまわれました。

あれから5年私の身にはまだ何も起きていません。

ただ、2歳になった娘の寝顔を見ると今でも思い出します。

(了)

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