幽霊とか妖怪とか神様とか、そんなのじゃないけど、俺が本気で怖かった話。
俺はかなりのお婆ちゃんっ子で、小学生の頃はよく祖父母の家に遊びに行き、近くの山で山菜を採ったり、近所の子供たちと遊び回っていた。
近所の子供たちはみんな同じくらいの年で、毎日一緒に駆け回っていた。その中でも特に仲が良かったのはタケシとマサヒコだ。タケシはいつも先頭を走っていて、探検するのが好きでリーダーみたいな存在だった。一方でマサヒコは慎重で、危ないことをしようとする俺たちを止める役割だった。俺たちは一緒に山菜を採ったり、秘密基地を作ったり、本当に毎日が冒険のようだった。
よく遊んでいた場所の一つが、山奥の人がほとんど来ない小屋だった。その小屋は錆びたトタンでできた粗末な作りで、中は広いけど何もなかった。見た目は正直不気味だったけど、子供だった俺たちには「秘密基地」みたいに感じて、ものすごくワクワクする場所だった。
俺たちはみんなでいらない家具を集めて、その小屋を自分たちの基地にした。埃を払って掃除もして、それがなんだか誇らしかったのを覚えている。でも、その頃は怖いことなんて何もなくて、強いて言えば祖父に椅子を勝手に持ち出したことで怒られたくらい。子供の頃のその思い出は、ただ楽しかっただけだ。
あれから何年も経って、俺が大学生になった三年前、久しぶりに祖父母の家を訪れた。
昔の仲間たちのことをふと思い出した。タケシやマサヒコ、他の子供たちは今どうしているんだろう。あの頃、みんなで笑いながら山を駆け回ったり、秘密基地を作ったりした日々がまるで昨日のことのように思い出された。誰とも連絡を取っていないけど、それぞれの人生を歩んでいるはずだ。昼ごはんに祖母のスパゲティを食べていたとき、ふとあの小屋のことが気になった。引っ越ししてからもうずっと行ってなかったけど、あの山小屋は今どうなっているんだろう。
「ちょっと山に行ってくる」と祖父母に言って、山に向かった。獣道を探すのに少し手こずったけど、なんとか見つけて進んでいくと、あの小屋が見えてきた。しかし、当時よりさらに荒れ果てていて、まさに「廃屋」って感じだった。
かなりの勇気を出して、ぎしぎしと音を立てて扉を開けた。中に入ると、生々しいけど乾いたような異様な臭いが鼻を突いた。それはまるで、古い汗が染みついて乾いたような、腐った布と湿った土が混ざったような臭いだった。タオルで鼻を押さえながら中を見回すと、暗がりの中に人影が見えた。
小屋の奥、埃まみれの家具の向こうに誰かが座っている。シルエットからして女性のようだった。
とっさに「すいません!」と謝った。誰かが住み着いてると思ったんだ。でもすぐに違和感に気づいた。この場所に来るのはかなり難しいし、小屋自体もぼろぼろだった。埃まみれの家具が、この場所に長い間人がいなかったことを物語っている。
ゆっくり頭を上げてそのシルエットを見たが、返事はない。心臓がドキドキと鳴り、息を呑んだ。そこにあったのは人形だった。埃をかぶって、セーラー服を着せられた女性の人形。その顔は、まるで生きているかのように精巧に作られていて、肌の質感や瞳の光沢までもがリアルだった。服にはほこりと汚れがこびりついていて、時間の経過を感じさせるが、そのリアルさがかえって不気味さを増していた。
死体じゃなくてよかったと一瞬ホッとしたけど、すぐに不安が押し寄せた。なんでこんな場所にこんな人形があるのか。気味が悪すぎる。早くここを離れたいと思い、祖父母の家に帰ろうと踵を返した。
そのとき、足に何かがぶつかった。見下ろすと、昔祖父母の家から無断で持って行った丸椅子だった。埃をかぶったその椅子には、黒い文字でびっしりと「ウラギリ者」と書かれていた。
周りを見渡すと、他の家具には何も書かれていない。ただ、机の上に置かれたペン立てにも「ウラギリ者」と書かれていた。それも自分が持ってきた物だった。
足元に何かを踏んだ感触があって見てみると、ゴム製の丸い物……コンドームだった。床にはたくさん散らばっていて、血のような赤黒いシミが点々とこびりついていた。
もう耐えられなかった。小屋を飛び出し、山道をめちゃくちゃに走り抜けた。祖父母の家に戻ると、すぐに帰る準備をして、自宅に逃げ帰った。祖母から心配の電話があったけど、「レポートの提出がある」と適当にごまかした。
あの不気味な人形、椅子やペン立てに書かれた「ウラギリ者」の文字、散乱していたコンドーム、乾いた血のようなもの……あの場所で一体何があったのか。俺を「裏切り者」と思っていたのかもしれない。
もしあのとき、誰かに見つかっていたら……何をされていたんだろう。考えるだけで背筋が凍る。
幸いなことに、祖父母は引っ越して東京の両親と一緒に暮らしている。もう二度とあの場所に行くことはない。それが唯一の救いだ。
(了)