礫ヶ沢のつぶて鬼の話をしようと思う。
868 :礫ヶ沢の鬼礫:2005/12/12(月) 01:43:41 ID:/kR0P5H+0
うちからそう離れてない山の中の小さな川なんだけど、そう言う名前のところがあるんだ。
その名前の由来というのが昔話からなんだけど、その昔話に出てくる鬼の礫というのが変わった石で、大きさはまちまちなんだけど鬼が握った後のような模様がついている。
で、確かにそれは石なんだけど、ぶつけられても痛くない。
多分粘土かなんかじゃなかろうかと思うんだけど、握ってみると普通の石くらい硬いのよ。
その鬼の礫が礫ヶ沢を探すとたまーに見つかったりするんだ。
ただ一つだけ、それをうちに持ち帰ってはいけないという決まりがあって、
「鬼の礫は向こう岸」と言って川に投げ込まなければならないんだ。
その理由をばあちゃんに聞くと「昔話みたいに鬼がやってくるから」そう言うんだよな。
当然、「ほんとにー?」とか言う訳なんだけど、その度にばあちゃんの子供の頃の話を聞かされる訳よ。
ばあちゃんの子供の頃の話というのが、「つぶておに」という鬼ごっこみたいな遊びをしたときの話でさ。
簡単に言えば、鬼が石を持って鬼じゃないヤツにぶつける、ぶつけられたらそいつが鬼になって石を持って追いかけるというもの。
ちょっと変わってるのは、鬼が使う石は鬼の礫で、その石の交換は出来ない。だからぶつけ損なうとそれを探している間かくれんぼの様を呈してくる。
そしてここからが大事なんだけど、遊び終わって帰るときはその石を川に投げ込み
「鬼の礫は向こう岸」と叫ばなければならないということ。
これは終わりの合図にもなっていたと思うんだけど、実はそれだけじゃないらしい。
前置きが長くなったけど、ばあちゃんの子供の頃の話。
ばあちゃんは近所の子供達と「つぶておに」で遊んでいた。
その日、ばあちゃんは家の都合で先に帰ったんだけど、その残りの子供達が遅くまで遊んでいたのね。
日が暮れた後でそいつ等は帰ってきたんだけど、その晩凄いことが起こったらしいんだ。
村のある家で一家惨殺事件が起こったのよ。
爺、婆、お袋が包丁で滅多刺しにされた姿で翌朝発見されてさ(親父は出稼ぎ中でいなかった)。
イヤなことに、その死体は肝が食い荒らされていた。
そんで、そこの子供の姿はなかったモンだから大騒ぎだったらしい。
せめて子供だけでも、ということだったんだろうね。
ところがさ、それを聞いて青ざめたのが一緒に遊んでいた子供達で
「実は大変なことをした」と、ばあちゃんにこっそり話した訳よ。
最後に鬼になったのが例の家の子供で、礫を探している間にみんな帰っちゃったらしいのよ。
で、ここからはばあちゃんの推測なんだけど
「暗くなって誰もいない河原で石を見つけたヤツは、そのまま石を持って泣き帰ったんじゃないか」
そう思ったわけ。
ところが「鬼の礫は~」をしていないから鬼がついてきたんじゃ無かろうか、と。
子供心に心配になったばあちゃんは、村のお寺のお坊さんに相談に行ったんだって。
そしたら婆ちゃん、坊さんに怒られる怒られる。
なんか一生分怒られたかと思うくらい怒られたんだって。
「今思えば、やったのは自分じゃないから理不尽この上ない」
そう笑って話してくれたけど、とにかく凄い剣幕だったんだって。
で、坊さんは村の駐在さんと村長さんを呼んで何やら話し込んでたんだけど、ばあちゃんは子供だから蚊帳の外。
その後、大人達がいろいろしている間にその子供が見つかったそうな。
ばあちゃんは心配になって会いに行ったら、縄でぐるぐる巻きにされて駐在さんに引きずられている。
ヤツの表情は凄い面変わりしていて、まるで獣のような表情だったんだって。
そしてそのとき、ばあちゃんはしっかり見たんだそうだ。
子供の手に鬼の礫があるのを……
子供の影に角が生えていたことを……
それ以来その事件は村の忌み事となって話題にはあがらないし、「つぶておに」もしてはいけない遊びになってしまったということ。
まあ、ばあちゃん達自体が怖くてもうする気はなかったみたいだから、あえて禁止するまでもなかったと言ってるけど。
……以上がばあちゃんの話。
実はここまでが前ふりだったりする。
今年の夏、うちの実家に大学の友達三人が遊びに来たんだ。
まあ、キャンプをするのに手頃な河原はないか、ってことで礫ヶ沢を推薦したんだけどね。
それで河原で二泊ほどして帰ったんだけど、そのとき「つぶておに」の話をした訳よ。
そのとき一緒にいた友人は加藤、下田、菅野。
すると、オカルト好きの加藤が早速やってみないか、そう言うんだ。
けど婆ちゃんの真剣な表情を見ている俺は断固拒否。
下田と菅野はそういった方面には全く興味がないから
「イヤがる奴がいるならあえてするまでもない」
ということでその場は終わりになったんだ。
で、夏休みも終わり大学が始まって秋口になると、気が付くと加藤を学校で見なくなったんだ。
おかしいなーと思って下田や菅野とも話していたんだけど、そのとき下田が思い出したように言ったんだ。
「そういえば、加藤、先々週あたりお前の実家行くって言ってたぞ」
「え? なんで?」
「なんでもオカルト研の連中に例の礫の話をしたら盛り上がったんだって」
それを聞いた俺はイヤな予感に包まれたんだ。
オカルト研の連中に話を聞いてみようと思ったんだが、奴らの活動場所が分からない。
すると菅野もイヤなことを言い出すんだ。
「そういえば俺の知り合いにオカ研がいるんだけど、そいつも最近見ないな」
益々イヤな予感が強くなる俺。
正直関わり合いになりたくなかったんだけど、このままってのも気分が悪いのでとにかく加藤の家に行ってみよう、そういうことになったんだ。
加藤のアパートに行く途中、近くのコンビニに寄ったら偶然加藤とバッタリあった。
始め、何かやたら挙動不審な奴がいるなと思ったら、それは酷くおびえた加藤だったんだ。
俺たちが加藤に声をかけると、加藤は凄いおびえた表情で逃げようとした。
が、俺の顔を見たとたん、加藤は凄い勢いでまくし立てたんだ。いや正直もう何を言っているかも分からなかったんだけど。
とにかく凄い怯えようで、俺たちは加藤のアパートに連れ込まれた。
加藤の話を要約するとこんな感じ。
あの後、礫ヶ沢で「つぶておに」をオカルト研でやりにいった。
実際鬼の礫を見つけて「つぶておに」をやってみると、不思議なことに確かに石なのに痛くない。
その後、「鬼の礫~」をやらずに石を持って帰って調べてみようということになって、石を持ち帰った。
ところがその帰り、夜の国道を走っているときに異変が始まった。
礫ヶ沢に行ったオカルト研は加藤、川村(菅野の知人)、黒木(教育学部の地学研究室)の三人。
石を持ち帰ったのは黒木。
黒木は普段はやたらおしゃべりなのに、帰りの道中では殆ど口をきかない。
加藤は、まあ疲れているんだろうな、くらいに思っていた。
三人は帰りにコンビニに寄って飲み物なんかを補充していると、黒木が飲み物の他にカッターなんかを買っている。
そのときは、おかしなヤツだな、程度にしか思わなかったんだ。
コンビニを出るとき、黒木の影に角が生えているように加藤には見えた。
ギョッとして見直すと、コンビニのガラスの影の具合でそう見えただけのようだ。
《「つぶておに」の話を聞いた後だから神経質になっているんだ》
そう思い直して車に向かったとき、車から川村の悲鳴が聞こえた。
それは黒木がカッターで川村に斬りつけたところだった。
加藤は後ろから黒木を羽交い締めにして
「どうしたんだ!」
と叫ぶと黒木の首がぐるっと回り(そう見えたらしい)獣のような目でイヤな笑いをしたそうだ。
次の瞬間、加藤は太ももを黒木のカッターで斬りつけられて、その痛みで黒木を放してしまった。
川村はその間に車に乗り込み、ドアも閉めずにそのまま車で逃走。
黒木は開きかけのドアに捕まり、車に引きずられていってしまったそうだ。
一人残された加藤は恐怖に震えながらタクシーで家に帰ったそうだ。
後日、加藤は大学で連中のことを聞く。
その日、川村の車は近くの陸橋で自爆事故、川村はそのときの怪我で入院中。黒木はその日以来姿を見せていないとのこと。
加藤はその話を聞いて、「次に黒木が来るのは自分のところじゃないか」そう思ってアパートに閉じこもっていた。
……と、加藤の話はここまで。
ことの顛末を聞いた俺は実家に電話をかけて村の寺の名前を聞き、寺の住職に電話をかけようとした。
その間、加藤はベッドの上で毛布にくるまってふるえていたのだが、突然悲鳴を上げた。
窓の外を見ると、むちゃくちゃ汚れた男がベランダから部屋の中を覗いていたんだ。
目つきが尋常でなく、イヤな笑い顔でぶつぶつ言っている。
その常軌を逸した姿を見たとき俺の背筋は冷たくなった。
男は手にした石でガラスを割ると、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。
俺たちはしばし呆然としていたが、そこは男3人、カッターを振り回す男相手に椅子、ナベなどで立ち回った。
何とかその男を取り押さえた時にドアの外から警官の声がしたんだ。
こんな怪しい風体の男がベランダをよじ登ったりしていれば通報もされるわな……
なぜか冷静に考えていた俺の脇では加藤が失神してしまっていた。
俺たちが捕まえた男は案の定黒木で、心神喪失状態でどうなるかは分からないとのこと。
加藤は実家に帰って、その後のことは知らない。
寺の住職に電話をしたら、俺がこっぴどく叱られる羽目になった。
後は任せてもう関わるなと釘をさされた俺は、正直あんな大立ち回りを演じるのはイヤなので、住職の言葉通り事件に関してはもう触れないようにしている。
たまに下田と菅野で飲むときに少し話すくらいだ。
ただ、ひとつだけ気になっていることがあって……
鬼の礫、その行方がどうなったか。
あのとき、黒木を取り押さえたときに部屋で鬼の礫が転がったはずだが、警官がやってきたときには石の姿は見えなかった。
いや、警察が押収していれば住職が何とかしているだろうけど。
もし誰かが持っているのなら、今でもそう考えると背筋が寒くなる。
礫ヶ沢の鬼の礫には気をつけるように。
(了)