蛹(さなぎ)は成虫の大まかな外部形態だけが形成された鋳型である
その内部では一部の神経、呼吸器系以外の組織はドロドロに溶解している。
蛹が震動などのショックで容易に死亡するのは、このためである。
幼虫から成虫に劇的に姿を変えるメカニズムは、未だに完全には解明されていない……
■サナギにかくされた糸口
1942年、ハーバード大学の若い生物学者カーロル・ウィリアムズ博士は、昆虫の変態の神秘を解きほぐす科学的探求への第一歩を踏み出した。
セクロピアサン(ヤママユガ科)を使って研究をはじめたウィリアムズ博士は、やがて変態を指令するものがこの、昆虫の頭のなかにあることを発見した。
実験的にサナギを前後に切り離してみたところ、前半部だけが発達して半分のガが出来、後半部はサナギのまま残ったのである。
博士はさらに研究をすすめて、変態を制御している物質は何なのかということを、発見しようとつとめた。
この実験によって、2つのたがいに関連したホルモン分泌の中心が、1つは脳に、他の1つは頭部に接近した胸のなかにあることがわかった。
さらに実験をすすめて、温度を高めると脳ホルモンの分泌がはじまって、休眠中のサナギが変態を起こすことも明らかになった。
その温度は自然界でいえば、春の最初の暖かい日にあてはまるものだった。
■頭なしでも産卵する蛾
頭がなくてもホルモンさえあれば、ガは成熟して卵を生む。
①から③の実験はそれを示す実験である。
まずサナギの腹部を切り取り、脳ホルモン中心と胸部ホルモン中心を挿入し、その断面をプラスティックの薄い板でふたをしておくと①、
完全な機能を持った成虫の腹部に変態する②。
この腹部だけのガは(③左)、オスの蛾(③の右)をひきつけるだけでなく、交尾して、受精して、卵を生むことが出来るのである。
■ウィリアムズ博士が行った4種類の実験
ウィリアムズ博士はサナギを半分に切って、サナギが傷ついた場合、どういう具合に変態に影響するかを調べた。
比較のため彼はまったく同じ年齢の4匹のサナギを使った。
①は完全なサナギである。
②は半分に切って、それぞれの断面にプラスティックをかぶせた。
③は切り離したサナギの前後を、プラスチック管で連結したもの。
④は前後を連結してあるが、管のなかには可動の球が入れてあり、両者の間に組織が移行しないようにしてある。
■1カ月後の結果
①は普通に変態し、ガとなった。
②は前半の部分だけが変態し、後半部はそのままだった。
③は傷が回復し、ホルモンが流れるように管のなかに組織が橋渡しされて、前半部も後半部も変態を起こした
④は可動の球が組織の発達をさまたげて変態が起こらなかった。
このような実験結果からウィリアムズ博士は、サナギの傷は変態する前に、回復したにちがいないと結論をくだした。
■死へのはばたき
実験の最高潮である死の飛行。
前とうしろの両部分とも変態した③のサナギは羽化してガとなり翅を広げて飛び出そうとした。
しかし、プラスティック管内で発達した弱い組織はすぐに切れ、ガは地に落ちて死んでしまった……
(合掌)